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Wi-Fi技術講座
第22回 IEEE802.11adと11ay
高周波数帯の広帯域性を活かしたギガビット無線伝送規格

NTTBP 平賀 健

60GHz帯は、IEEE802.11a/b/g/n/ac無線LANで主に用いられるマイクロ波帯に比べ、酸素による吸収が大きく、また、波長が短いことにより空間伝搬損が大きく直進性が高いため、短距離無線伝送、見通し区間の無線伝送に適しているとされています。
また、世界の各国で、免許不要無線局による利用(アンライセンス利用)が認められています。多くの国では9GHzまたはそれ以上の広い周波数帯域が割り当てられており、その他の地域でも数GHzの広い周波数帯域の割り当てがされています。この広い周波数帯域を利用すれば、短距離伝送ではMIMO伝送を行わずして、ギガビットクラスの高速無線伝送が可能となります。

IEEE802.11adの特徴

IEEE802.11adは、年々増大する高精細映像や大容量ファイルの無線伝送に対するニーズに応えるため、60GHz帯を利用した超高速無線LAN方式として規定されました。想定する利用形態は、ワイヤレスディスプレイ、高精細映像のストリーミング、大容量ファイルの高速伝送、無線バックホールなど、60GHz帯の無線通信ならではの、高速かつpoint-to-point通信の利用形態が中心です。

この規格は、高速な伝送レート、マイクロ波帯を用いた802.11無線LAN規格とのシームレスな接続切り替え(高速セッション切替)、ミリ波無線PAN(802.15.3c)方式との共存、といった機能要件を満たすように設計されています。なお、伝送距離としては10m以上、見通し外伝搬環境で1Gbpsのスループットを実現できることを要求性能としており、その実現手段として、電子的にビームの方向を制御する、ビームフォーミング機能を持つデバイスの使用を前提としたプロトコルが規定されています。

広帯域のチャネル

11adでは、図1に示すように、57~66GHzに4つの周波数チャネルが配置されており、それぞれのチャネルの周波数帯域幅は2.16GHzもある点にご注目ください。これはIEEE802.11aの108倍、160MHzボンディングを用いた11acに対しても13.5倍に相当する非常に広い帯域であり、11adは、802.11規格の中でも特に超高速伝送に特化した規格といえます。

図1.IEEE802.11adの周波数チャネル

高速な伝送モード

11adでは、表1に示す変調符号化方式(Modulation and Coding Schemes 、MCS)が規定されています。これらは4つのPHYモード、Control PHY、SC PHY、OFDM PHY、Low Power SC PHYに分類されます。MCS0はControl PHY、MCS1~12はSC PHY、MCS13~24はOFDM PHY、25~31はLP(Low Power) SC PHYです。このなかで、MCS0~4、つまり、Control PHYと、SC PHYのうちの4つのモードは本規格の必須機能(マンダトリ機能)となっており、11ad機器間での制御情報の交換と、基本通信機能の相互接続性を担保しています。

誤り訂正符号化方式としては、Control PHY、SC PHY、OFDM PHYではLDPC符号化が用いられ、LP SC PHYでは符号化復号処理計算量削減による消費電力の低減を目的として、LDPC符号を使用せず、リードソロモン(RS)符号化とブロック符号であるハミング符号化の組み合わせが用いられます。

Control PHYは、ビーコンフレーム、ビームフォーミングのトレーニングフレーム、管理フレーム、制御フレームの伝送に用いられます。そのため、デバイスがビームフォーミングを実施する前の、指向性が広くアンテナ利得が低い状態のデバイス同士が、低い受信電力でも通信可能となるよう設計されています。最低受信感度は-78dBmであり、他のMCSよりも10dB以上低く設定されています。また、32ビット長のゴレイ符号で拡散されており、無線転送速度は27.5Mbit/sです。

ビームフォーミング

60GHz帯の電波は、マイクロ波帯に比べ空間伝搬損失が大きい(同じ距離を伝搬する際5GHz帯に比べて自由空間損は20db以上大きい)ため、その損失は、アンテナの利得でカバーする必要があります。アンテナの利得を高くすれば必ず指向性が強くなります。60GHz帯の電波は直進性が高く遮蔽に弱いため、11adでは通信相手の方向にアンテナのビームを向ける、また、遮蔽物を回避して無線伝送路を確保することを目的とした、ビームフォーミング機能が規定されています。

本節では11adにおけるビームフォーミングの動作の概要を説明します。図2は互いに通信しようとしているデバイス(STA1、STA2)がともに4つのセクタ(アンテナ指向性ビームの方向)を切り替えて電波を送受信可能である場合を例として、ビームフォーミングの動作の概要を示します。ここで、図2(a)のように、STA1とSTA2は障害物のため互いに見通しのない場所に配置されており、側方にある壁でいちど反射する電波伝搬経路(太い矢印線)を用いれば、最も強い受信電力で通信が可能になる状態にあるとします。

図2(b)のように、まず、STA1がセクタAからDにおいて順次トレーニング信号(sector sweep フレーム)を送信します。STA2はこれを受信して、STA1から送信されたトレーニング信号のうち、どのセクタにおいて送信されたものが最も強く受信されたかを検出します。ここではセクタAにおいて送信されたトレーニング信号が最も強く受信されます。

次に、STA2がセクタEからHにおいて順次トレーニング信号を送信します。STA1は上記と同様にどのセクタにおいて送信されたものが最も強く受信されたかを検出します。ここではセクタFにおいて送信されたトレーニング信号が最も強く受信されます。最後に、sector sweep feedbackフレームで相手側デバイスへ最も強く信号が受信されたセクタの番号を互いに通知しあいます。この結果に基づいて、STA1はセクタA、STA2はセクタFを使用して、壁を一度反射する電波伝搬経路を使用して通信を実施することになります。

無線LANにおいては、通信中にデバイスが移動することがあるため、デバイスの動きにビームを追従させることが必須となります。通信中のビームフォーミングにおいては、データフレームやAckフレームの後方に設けられたビームフォーミング用のトレーニングフィールド(TRN-R/T; Receivr / Transmit Training といいます)を用いて、随時ビームフォーミングを行います。

(a)ビーム方向のイメージ

(b)シーケンス

図2 ビームフォーミングの動作例

高速セッション切り替え機能

60GHz帯を用いる802.11ad方式と、マイクロ波帯を用いる無線LAN方式(11a/b/g/n/ac)とでは、サービスエリアの範囲が異なる場合が多々想定されます。例えば、デバイスが移動し、伝送距離の短い11adが切れたとしても、すぐに11acでの接続に切り替えることができれば、速度は低下するが安定したネットワーク接続が得られるようになります。そこで、11adでは、両方式を備えたデバイスを使用する際、必要に応じて、短時間でスムーズに方式を切り替える機能である、高速セッション切り替え(FST; Fast Session Transfer)が規定されています。

FSTにはTransparent FSTとNon-Transparent FSTの2種類のモデルが規定されています。

Transparent FSTでは、両方式のPHY/MACをTransparent FST Entityで橋渡しして、上位レイヤから見ると一つのMAC層があるようにみせています。そのため、同一のMACアドレスを利用し、またセキュリティ機能を共有することで高速かつスムーズなセッション切り替えを実施します。

一方、Non-Transparent FSTは両方式で異なるMACアドレスを利用し、それぞれにセキュリティ機能を定義するため冗長な構成となりますが、異なるハードウェア間での高速セッション切り替えを実施できます。

IEEE802.11ayの特徴

IEEE802.11ayは、IEEE802.11adからの更なる高速版の規格として、下記の特徴があります。

・新規MCSとチャネルアグリゲーション、MIMO機能の追加

・スループット:20Gbps以上 (MAC SAP:802.11と上位レイヤ間のスループット)

・11adとの後方互換性

現在も標準化中で、2020年9月に規格化予定です(2019/12/3時点)。

※規格書の現版[ref1]

ターゲットユースケース

11adと同様に、非接触通信、ドッキング通信、高精細映像転送から、モバイルフロントホール/バックホール、分散NWまで11個のユースケースが規定されています[ref2]。表2に本ユースケースの概要を示します。

ターゲットスループット(MAC SAP:802.11と上位レイヤ間のスループット)は、8K非圧縮映像転送や5G(第5世代移動通信システム)バックホールなどへの適用を考慮し、20Gbps以上をターゲットとしています。「No.10 ミリ波分散NW」については、Telecom Infra Projct(TIP) mmWave Network Project[Ref3]の主メンバであるFacebookから新規入力されました[ref4]。本ユースケースに関連する技術提案が幾つかされており、メッシュNWのシステム全体像[ref5]、ビームフォーミング[ref6]などがその例です。

規格化仕様(予定)

11ayでは、11adからの拡張機能として、チャネルアグリゲーション、MIMO機能が追加されています。マイクロ波帯の無線LANにおいて、11aから11n/11acへの進化において拡張された高速化機能と同じです。

・チャネルアグリゲーション数:1~4

・MIMO数(空間ストリーム数):1~8

これらの組合せにより、シングルチャネル、シングルストリームに対して最大32倍の高速化が可能となります。

チャネルアグリゲーション

チャネルアグリゲーション利用時のチャネル構成図を図3に示します。マイクロ波帯を用いた無線LAN方式のIEEE802.11n/ac/axと同じく、primary channelとsecondary channelから構成されます。Primary channelは送信時に必ず使用されるチャネルで、パワーセーブモード等の受信停止状態でない場合は、常に受信待機状態となります。2つ以上のチャネルを同時利用する場合は、primary channel とsecondary channel を利用します。Primary channelとsecondary channelの配置は任意配置が可能です。

図3 チャネルアグリゲーション利用時のチャネル構成

なお、2チャネル、4チャネル利用時は、不連続なチャネルを複数使用することも可能です。そのチャネル構成図を図4に示します。この場合、MIMOによる空間多重化数の最大値は8から4となります。また、日本の場合、現状の60GHz帯は全部で4チャネルですので、不連続なチャネルを複数利用する場合は2チャネル利用時のみとなります。

図4 チャネルアグリゲーション利用時のチャネル構成(不連続な場合)

MIMOによる空間多重化伝送

次に、MIMO利用時のシーケンス図を図5に示します。SISOフェーズ(MIMO数1)とMIMOフェーズ(MIMO数2以上)に分かれており、SISOフェーズでビームステアリング(2つのデバイスの間でビーム指向性合わせ)を行います(動作の概要は図2参照)。その後、MIMOフェーズに移り、MIMO伝送に必要なMIMO ビームフォーミング(BF)の準備(MIMOチャネル推定など)を行い、MIMO伝送を行います。これにより、SISOモードのみを備えた11adとの互換性を保ちながら、MIMO伝送を実現します。

図5 MIMO利用時のシーケンス(出典[ref7])

新規のMCSモード

次にMCSモード一覧を表3に示します。11adと同様に、Single Carrier(SC)方式とOFDM方式がありますが、ここではSC方式のみを掲載します。なお、各MCSについて、3種類のGuard Interval(GI)が存在します。

・Normal GI(Mandatory) ※11adと同じGI

・Short GI (Option)

・Long GI (Option)

1チャネル・1ストリームあたりの最高速度はMCS21のShort GIの時で、8662.5Mbpsとなります。これに、チャネルボンディング4、MIMO数8(8ストリーム)を適用しますと277.2Gbpsとなります。これが11ayのSCモードでの規格上の最高速度となります。

また、11ayでは、新たな変復調方式として、

・π/2-8PSK

・π/2-64-NUC (Non-Uniform Constellation)

・DCM π/2-BPKS (Dual Carrier Modulation π/2-BPSK)

が規定されています。

π/2-8PSK、π/2-64-NUCのIQコンスタレーション図を図6、7に示します。π/2-8PSKはπ/2-QPSKと同じく、8個のシンボル点が同一振幅(コンスタレーション図で同一円周上)を持つため、無線周波数信号のPAPR(ピーク対平均電力比)を低減することができ、増幅器などの非線形動作に対してπ/2-QPSKと同等の耐性を持ちます。

π/2-64-NUCは、π/2-64-QAMが64個の信号点が互いに均等間隔となる正方形配置であるのに対して、信号振幅の最大値(原点からの距離)が極力小さくなるよう、64個の信号点の間隔を敢えて不均一にして配置します。これにより、増幅器などの非線形動作に対して、π-64-QAMよりも耐性を高めています。

π/2-8PSK、π/2-64-NUCは、60GHz帯のRFデバイスの消費電力を考慮し、変復調性能よりも送信電力の電力効率を重視した変復調方式です。

図6 π/2-8PSKのコンスタレーション図

図7 π/2-64-NUCのコンスタレーション図

DCM π/2-BPSKは、二つのキャリアで同じ情報を送信します。従って、チャネルボンディングの利用が前提です。1キャリアで伝送する通常のπ/2-BPSKよりも1ビットあたりのエネルギーを高めるだけでなく、そのエネルギーを異なるチャネルに分散させているため、耐干渉性を高めています。従って、11ad、11ayの複数無線機が近接に利用する干渉環境下において、通常のπ/2-BPSKよりも、信頼性を高めることが可能です。

表4~6に、π/2-8PSK、π/2-64-NUC、DCM π/2-BPKSを適用したMCSモードを示します。

このように、11ayは、11adからの拡張機能として、

・チャネルアグリゲーション、MIMO数による高速化

・送信電力効率を考慮したπ/2-8PSK、π/2-64-NCU

・信頼性を考慮したDCM π/2-BPSK

が新規に規定されており、表2に示した多様なユースケースに対応できるよう設計されています。

References

[ref1]IEEE802.11ayTM/D5.0

[ref2]IEEE802.11-2015/0625r7

[ref3] https://telecominfraproject.com/mmwave/

Telecom Infra Projct(TIP):低コストでの通信インフラの実現を目指した国際コンソーシアム
mmWave Networks Project Group:低コストの通信インフラの実現手段として、60GHz帯を用いた無線メッシュNWを検討するワーキンググループ。Facebookが中心にNokia、Qualcommなどがメンバ。

[ref4]IEEE802.11-17/1019r0 ”mmWAVE Mesh Network Usage”[ref5]IEEE802.11-17/1321r0 ”Features for mmW Distribution Networks Use Case”

[ref6]IEEE802.11-17/1679r0 ”Beamforming protocolreuse for mmWave Distribution Networks”

[ref7] .Ghasempour、 et. al.、 “IEEE 802.11ay: Next-Generation 60 GHz Communication for 100Gb/s Wi-Fi、” IEEE Communication Magazine、 December 2017.


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