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特別報告
第8回 技術セミナー 基調講演「Wi-Fiの活用がもたらす可能性」

国際ジャーナリスト モーリー・ロバートソン

3月23日に開催された第8回技術セミナーにおいて、国際ジャーナリスト モーリー・ロバートソン氏による基調講演が行われました。
「Wi-Fiの活用がもたらす可能性」と題した講演の内容を紹介します。

 

世界にインパクトを与えた2つのこと

ここ20年足らずでWi-Fiを含む無線のインフラは地球を覆い尽くすまでになり、人々の生活のみならず文化や考え方にまで根を下ろし、無意識のうちに影響を受けたり、新たなチャレンジに見舞われるという風に異変が加速しています。また日本においては、2020年に向けて「クールジャパン」のバックボーンにもなり得ると考えています。

先日の内閣府のクールジャパン推進室のシンポジウムでも、一つの大きなチャレンジとして、年々激増している来日外国人のみなさんが快適に日本でネットを使えるようにするためWi-Fiというインフラを徹底して整備する必要があることも議題になっていました。

2010年以降を振り返ると、2つのことが世界に大きなインパクトを与えています。
1つはモバイル通信が普及したこと。つまり途上国を含めて殆どではないにしろ、非常に多くの人々が何らかのモバイルデバイスを持ち歩いていること。

もう1つがすごいわけですが、フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアの圧倒的な普及、そしてそれを活用する世代の世の中への影響力です。

今日は、その光と影の話をします。

旧来のプロパガンダ vs. モバイル

まず「光」の方の話です。
Wi-Fiインフラとソーシャルメディアの浸透が我々の生活や社会をどのように変えていくのか……。

最近、ジャーナリズムとして感動的な出来事がありました。

サウジアラビアで女性が運転できるようになったのです。サウジはイスラムの中でも厳格な宗派の国で、女性の活動が宗教上の理由で著しく制限されており、中でも他国と比較して一番目立っていたのは女性が車を運転してはならないという戒律です。
結果、働く女性がいたとすると、運転手を雇うかタクシーを利用するなどで、週に4、5日働こうとするとものすごい負担でした。

サウジでは政治とは別のもう一つの力があって、それが宗教です。
宗教指導者たちが政治的決定に対し超法規的に介入してくる。前国王が女性に運転させる、教育機会を増やすと提言をしても、その後宗教指導者たちから強めの打消しが出され、結果サウジは停滞し、特に女性の権限を表立って言うことが難しい社会でした。

このこととWi-Fiとソーシャルメディアがどう関係しているのかということですが、2010~11年にアラブの春という民主化要求の大きな運動が起きました。

きっかけは北アフリカのチュニジアという小国です。独裁的な大統領のもとで経済が疲弊し、若者の失業率が高かった。ここで一青年が屋台の生業を禁止され抗議の焼身自殺をしました。これが皆の不満に火をつけてベンガリ大統領を倒す民主化運動が起き、爆発的にネットで広がりました。

従来デモは警察に鎮圧され終わっていました。どうも2011年ごろになるとフェイスブックが広がっており、警察がネットを理解していなかったためネットでの拡散を止められず、結果として国会は包囲され大統領はサウジに脱出しました。

チュニジアでの革命の成功により、中東・北アフリカの国々の民主化要求に火が付きました。
エジプトでもそのうねりは大きくなりました。短絡的にフェイスブック革命とは言いたくないですが、エジプトではモバイルとソーシャルメディアで絶えず情報共有が可能であったため、国営TVが革命失敗等のフェイクニュースを流してもネットの情報で嘘がばれて、旧来のプロパガンダがネットに負けた結果、ムバラクも倒れました。

アラブの春はシリアやリビアではその後内乱状態となり、一長一短、短期的に成功失敗と言えないですが、いずれの場合もモバイルとソーシャルメディアがものすごいインパクトを持ってしまいました。

中東を揺さぶるソーシャルメディアとWi-Fi

これが、最も密閉された宗教国家であるサウジに飛び火し、気運に乗じる形で女性が「運転させろ運動」を起こしました。

大学も大学院もPHDもロンドンで取った、でも戻ると仕事がないというような、かなり教養のある女性たちがツイッターやフェイスブックなどを使って、サングラスにスカーフでの運転動画を自撮りし、特に何もしゃべることなくネットで流したところ、アラビア語でものすごい数の賛否両論が巻き起こり大炎上しました。
宗教警察が不快感を表明したが、世界中に散らばっている中東系の教養のある人々がその女性たちを応援しようとせっせと翻訳し英語での議論にもなってきました。結果、宗教の厳格性は守りつつも女性の人権を保障しなければならないという欧米型の議論に移っていきました。

これらのことをCNNが報じ、BBCが報じ、女性に運転させていいじゃないかの機運が2011年ころにはかなり盛り上がりました。

ある種止まっていた中東・イスラムの時計がソーシャルメディアとWi-Fiで揺さぶられたわけです。
サウジで王が変わり、いきなりではありましたが去年女性の運転が許可されました。古い考えが進歩的な考えに突破されつつあるわけです。

南北格差解消に貢献するWi-Fi

これがサウジの話だけなら、良かったねで終わりかもしれませんが、女性を教育して就労させ、社会で活躍させる機会を与えるだけで、社会で起きている貧困や紛争のかなりの部分かカットされるという考え方があります。

女性が、文字が読めない、外に出る機会がないまま大人になると、育児や家事、出産を強いられ、貧しいのに人口が爆発する傾向にあります。そのような国は格差が激しく貧困のスラムがあちこちにできてしまう。

産油国なのに若者の失業率が高く、そこに原理主義者の甘い誘いがきてしまう。イスラムの国の男子は結婚には莫大なお金(結納金のようなもの)が必要で、就労していないと結婚が遠ざかります。

イスラム国がエジプトの若者に対し、ボランティアの奥さんと月給が君を待っていると勧誘する。貧困で人口爆発の国の若者は極端な思想に感化され易いことが確認されています。

人口爆発を起こさせないためには、女性が運転できて就労ができて結婚を遅らせて、産む人数も少しずつ減っていくと世代を追ってだんだん問題が解決していくという考え方があります。

最も女性に厳しいサウジで、ソーシャルメディアとWi-Fiの力で女性が運転できるように主役に押し出されたというのは、もしかしたら南北格差解消のための非常に大きな貢献だったかもしれません。

ビッグデータが欠けたピースを補うリスク

次に「影」の方の話です。

最近ニュースを賑わしているのがトランプ政権のロシア疑惑です。どうもフェイスブックがやらかしたようです。
フェイスブックが何年か前にロシアの大学と繋がりのある研究者にビッグデータを渡した。この研究者は、何十億人もの個人情報、閲覧履歴、何に「いいね」を押したか、どんな友達がいるか等々コネクションがまとまった情報をフェイスブックに断らずに転売していた。

それを買い取った企業がケンブリッジアナリティカ社(CA)で、選挙を応援するストラテジーの会社です。
この会社の若きプログラマーが、例えば、普通に考えるとまさかと思う偽のニュースであっても、繰り返し接していると、無意識が揺さぶられていって最後は投票行動が変わるらしい、というような、ビッグデータをもとに群衆になったときの無意識をアルゴリズムで抽出するロジックを見つけてしまったのです。

最初ナイジェリアでテストしました。現職の大統領選を再選させるために野党の悪口を流す必要があった。あることないこと、外国の悪い政府とつるんでいるとか、投票場に行くのを暴力的に止めたとか、ダーティなトリックがどの程度効果を持つかを試した。CA社はその後米国でそのアルゴリズムを使ったと言われています。

何をやったかと言うと、ビッグデータや群衆心理の怖いところではあるのですが、メキシコの壁、普通に考えるとばかげた話だが、ビッグデータに基づいて流すと、どのぐらいの食いつきや「いいね」やリツイートがあるかというと、これが案外すごかった。

他にも、例えば、ヒラリーは外国の勢力から資金を受けているとか、犯罪組織とつながっているとか、ピザゲートと言われたがホワイトハウス近くのピザ屋の地下に児童が誘拐されて監禁されているなどの陰謀論があった。

事実無根でしたが、このニュースがフェイスブックに出回ったら、もともと民主党が嫌いだった人がそれを信じる傾向にありました。日頃民主党を批判するニュースばかりを読んでいる人は、最後に嘘のニュースをチェリーのようにトッピングされたら、信じてしまう傾向にあることがわかりました。
完全に嘘なのに信じてしまう人が本当に沢山いました。

モデル的に言うと、視力検査のCの文字。目が悪いとCがくっついて丸に見えるという現象があります。

人間の意識もそれと似ていて、ここまでは本当なんだが最後のピースがあればいいのにという無意識の欲求があります。ヒラリーが悪いことしていればいいのに、とか。

 

今回の安倍首相の森友問題もそれに似た傾向があります。これと言った物証がなかなか出てこないが、もともと安倍政権の施策、安保法制、アベノミクス、9条改憲などに批判的な人は、「これは間違いなく安倍さんや昭恵さんが電話したに違いない」と最後のCを閉じようとする。このことが今回何億人分ものビッグデータを解析することでわかりました。

CA社は左よりの陰謀論と右寄りの陰謀論、両方を流したところ、2016年の大統領選においては、保守的な右寄りのトランプ指示の方がはるかに食いつきが良かったというのがわかりました。

そしてフェイスブックのニュースランキングのアルゴリズムがちょっと脆弱だったために、偽の情報をフィルタリングする方法がなく、そのためクリック数や「いいね」の数だけで一番嘘っぽいニュースが自動的に上位に行ってしまったんです。

投票日直前に色んなことが出てきていたので、多くの人たちは不安を覚えてトランプさんの方に投票先を乗り換えたと言われています。

ソーシャルメディアの裏に潜む社会的脆弱性

結局ここで浮かび上がってくるのは、我々が24時間ずっとWi-Fi、ソーシャルメディア漬けの生活習慣になった場合の社会的脆弱性です。

「いいね」や好き嫌い、どういう政治的・社会的記事に反応したのか、コメントを書き込んだのかを自動的にAIで抜き取られていて、こういう陰謀を日本人は信じやすいと分析された場合のリスクです。

例えば、北朝鮮の工作員が大阪にはいっぱいいるんじゃないかということをある人がTVで言ったら騒ぎになった。もしかしたら、いるかもしれないが、証拠は何もない。でも、もともと大阪にはコリアン系の人が一杯おられるので、もしかしたらと疑心暗鬼が生まれ雪だるまになりやすい。そこにフェイクニュースを流すと毒性を持ってしまう。

本来ならフェイスブックが1つ1つ引っこ抜いて行かなければいけないのに、プラットフォームの拡大だけを何十億人を対象にやってしまったために、これを今更元に戻すことができませんでした。

今後日本でも、ソーシャルメディアに依存したが故に、真実と嘘を見分けるのが非常に難しい情報が戦略的に流されるリスクがあります。これが現在アメリカで起きていて、もしかするとトランプさんが選ばれた背景に貢献したのではないかという疑惑が起きています。

社会問題を背負って立つ技術者たれ

結論です。

前半で話したサウジの女性の運転、女子教育、南北格差の解消、紛争の解消、技術というのは本当に世界に福音をもたらす側面があります。

しかし同時にその便利さに私たちが心を委ねてしまって自分で考えることを辞めて、なんとなく「いいね」を押しまくってテーマパークの乗り物のように日常を過ごしていると、知らない間に民主主義そのものが歪んでしまうというリスクの側面もあります。

ここでフォーカスが当たるのは技術者の皆さんです。

20世紀の後半、技術者というのは世間や社会、政治のことはあまり考えないで、とにかく人類の進歩に向かってひたすらモノづくりに対応していれ良かった。
ところが今やフェイスブックの例でみられるように技術者が民主主義に対する大事な防波堤になる時代なのです。

ちょっと重たいかもしれませんが、今後技術者の皆さんは社会の問題やもしかしたら政治の問題を背負って技術の開発を心がけなければならないのかもしれません。

是非そのチャレンジに向かって精進して頂きたいと思います。


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