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技術情報
生成AIで変わるインターネット、
そしてワイヤレスの役割

株式会社KDDIテクノロジー CTO 嶋 是一

「特定非営利活動法人 日本Androidの会」理事長や「一般社団法人 生成AI協会」理事も務めるKDDIテクノロジーのCTOの嶋是一(しま・よしかず)氏に、生成AIの与えるインパクトについて寄稿をいただきました。

 

 

 

 

生成AIの急速な進化は、単なるツールの提供に留まらず、インターネットやWebそのものの在り方を根本から変えようとしています。その変革の中心にあるのが「AIエージェント」の登場です。本稿では、プラットフォームの「越境」という歴史的観点から、生成AIによってインターネットの形がどのように変化しつつあるのか解説します。

インターネットの主役交代

インターネットが「人のためのもの」から「AIのためのもの」に変わりつつある、と言えば驚かれるでしょうか。これまでのWebは、人間が情報を閲覧し、検索し、交流するための場所でした。しかし、AIエージェントが自律的に動作し、複数のサービスを横断して目的を達成する「エージェンティックWeb(Agentic Web)」という概念が現実味を帯び始めています。

 

 

現在、インターネット上の通信量(トラフィック)の約半分はボット(自動化された通信)*1 であり、2026年までにはオンラインコンテンツの90%がAIによって生成されるという予測もあります*2。私たちは今、Webの主役が人間からエージェントへと移行する転換点にいるとも言えるのです。
*1 Europol(欧州刑事警察機構)
*2 Imperva 2024年

プラットフォームの「越境」の歴史

これまでITの世界では、新しいプラットフォームが登場するたびに、既存の「壁」を乗り越える「越境」が行われてきました。生成AIはこの進化の最新段階に位置づけられます。

 

 

1. 部品の壁を越えたPC OS

パーソナルコンピュータの黎明期、ソフトウェアは特定のハードウェアに依存していました。しかし、WindowsやMacなどのOSが登場し、ハードウェアの違いを抽象化層で吸収したことにより、異なる部品で構成されたPC上でも同じアプリが動作できるようになりました。これが最初の大きな「越境」です。

2. キャリアとメーカーの壁を越えたスマホOS

フィーチャーフォン(ガラケー)の時代、携帯アプリの仕様はキャリアやメーカーごとに異なり、分断されていました。AndroidやiOSといったスマートフォンOSは、この壁を乗り越え、どの端末でも共通して動作するアプリ実行環境を提供しました。これにより「アプリ爆発」とも呼ばれる、スマートフォンアプリが多数作られ、マーケットプレイス市場が大きくにぎわいました。

3. OSの壁を越えたWebプラットフォーム

HTML5技術を基本としたWebブラウザの進化は、OSの違いを吸収しました。Windows、Android、iOSといった異なるOS上であっても、ブラウザさえあれば同じ機能を提供する「Webアプリ」が実現されました。これにより、特定のOSに縛られない開発が可能になりました。かつ、スマートフォンのアプリ配信はGoogleとAppleの市場であり、参入し擁壁があった部分を越境し、だれでもWebページとして、Webアプリをモバイル端末上で動作させられるようになりました。

4. クラウドの壁を越えたコンテナ技術

クラウドの世界では、DockerやKubernetes(K8s)に代表されるコンテナ技術とIaC(Infrastructure as Code)などの技術により、クラウド環境の「越境」を実現しています。クラウドベンダー独自の仕組みを用いない範囲において、AWS、GCP、Azureといった異なる環境の間で、システムを移行させたり、運用することが可能になっています。筆者はこれをシステムのアプリ化と呼んでいます。

5. 次世代の越境:生成AIによる「囲い込み」の開放

これまでの越境は、主に「実行環境」や「インフラ」の壁を越えるものでした。しかし、個別のアプリやサービスの内部にある「データ」や「機能」は、依然として垂直統合という名の「囲い込み」の中にあります。次世代の越境は、生成AIによって実現されます。 AIエージェントが複数のアプリやサービスの壁を越えて、ユーザーの指示を遂行するために自律的に連携しようとしています。

 

 

 

AIエージェントが変えるプラットフォームの構造

生成AI時代の新しいアプリケーションの形、それがAIエージェントです。これまでのアプリが「静的な道具」であったのに対し、エージェントは「動的なパートナー」のように動作します。

1. AIエージェントの核となる「ファンクションコール」

AIエージェントの本質は、ユーザーの「やりたいこと」を解釈し、適切な機能(関数)に振り分ける機能にあります。これを支えるのが「ファンクションコール」という技術です。
・MCP(Model Context Protocol): 現在、非常に注目されているのがMCPです。これは、LLMサービスと外部のツールやデータソースを連携させるための標準的な通信プロトコルです。
・MCPサーバとルータ: MCPサーバが具体的な「関数(処理)」を管理し、MCPルータがそれらを適切に呼び出します。
・Skills(スキル): エージェントが実行できる個別の機能を指します。必要になったに動的に呼び出されるライブラリのような役割を果たします。

2. 実行環境の再定義:Webはストレージ、LLMはCPUへ

AIエージェントの動作を従来のコンピュータ構成に当てはめると、その構造が見えてきます。
・中央処理装置(CPU/GPU): GPU上を用いるLLM(大規模言語モデル)が、思考や推論を行う演算装置となります。
・ストレージ: Web全体が巨大なデータ置き場(ストレージ)となります。
・アプリケーション: プロンプト(指示文)によって動的に生成され、動作するAIエージェントです。

3. ゼロクリック問題とアクセシビリティの変化

この変化の予兆は、現在の検索エンジンに現れている「ゼロクリック問題」から類推できます。Google検索などで、検索結果のページに生成AIによる回答(AIによる概要/AI Overviewsなど)が表示されると、ユーザーはリンク先をクリックせずに満足してしまいます。
これは、Webが「人間が読むための場所(ヒューマンリーダブル)」から、「AIが情報を取得するための場所(マシンリーダブル)」へと、その役割とアクセシビリティが変容していることを示しています。Webサイトはもはや視覚的な見栄えよりも、AIが構造的に理解しやすい形式であることが重要視されるようになります。

 

 

現実の実力と課題

未来への期待が高まる一方で、高度なAIエージェントを利用するには、多くの課題が残っており、配慮が必要となります。

1. デファクトスタンダードの欠如

現在、AIエージェントの技術は、誰もが従うべき世界標準(デファクトスタンダード)がまだ存在しません。各企業が自社のプラットフォームを優位にしようと競い合っている状況であり、開発者はどの規格に投資すべきか慎重な判断を迫られています。

2. セキュリティと信頼性のリスク

AIエージェントに自律的な動作を任せる際、セキュリティは後回しになりがちな課題です。
・ハルシネーション(幻覚): LLMがもっともらしい嘘をつく問題は、エージェントの誤動作に直結します。
・不正指示への対策: 入力段階で不正な指示を検知する「フィルタリング」や、有害な出力を遮断する「ガードレール」の設置が不可欠です。
・運用の責任: 自律的に動作するがゆえに、問題が発生した際の責任の所在が曖昧になりがちです。特に高リスク分野では、人間が確認・承認を行う「Human-in-the-Loop」の原則を維持することが、現状の有効な対策になります。

インターネットの将来像 ─ Agentic Webの世界

今後、インターネットとWebの風景はどのように変わっていくのでしょうか。

1. ボットが通信の主役になる

インターネットを流れる情報の多くは、人間が発するものではなく、生成AIを搭載したAIエージェント同士がMCP(またはそれに準じるプロトコル)を用いて通信するものになるでしょう。Webは人が見るためではなく、AIボットが情報を収集し、連携するための「情報の狩り場」となります。

2. 「アプリ」という単位の消失

将来、スマートフォンから固定された「アプリ」という単位が消えるかもしれません。代わりに、唯一の入り口となる生成AIインターフェースが存在し、ユーザーの「今やりたいこと」に合わせて、必要な機能や画面がその場で即時に生成することも可能になるかもしれません。

 

 

3. パーソナライズされたナラティブ体験

これまでのアプリ開発は、万人に使いやすい「標準仕様」を設計するものでした。しかし、「やりたいことに」に合わせて画面を即時作成するように構築したAIエージェントの世界では、一人ひとりの文脈(コンテキスト)に寄り添った、パーソナライズされた体験が提供できるようになる可能性があります。これを「ナラティブ(個人の物語)なユーザー体験」と呼びます。

プログラマーと学びの変化

インターネットの形が変われば、それを作る人と学ぶ人の在り方も変わります。

1. プログラマーの役割の変遷

生成AIによってコードが自動生成されるようになっても、プログラマーは無くなりません。しかし、その役割は「コードを書く人」から「要件を定義し、コンテキストを設計し、AIの成果物を評価・保証する人」へとシフトします。
AI駆動開発には、ざっくりとした指示で生成を繰り返す「バイブコーディング(ガチャのような開発)」と、AIエージェントにプロセスを教え込み、高い品質と低コスト(低トークン消費)を目指す「エージェンティックコーディング」の二つの流れがあります。

 

 

今後は、これらを適切に活用し開発することとなります。生成AIにより安全に自動生成される範囲が今後も増えるでしょう。それにつれて人が稼働しなくてはならない量も少なくなるため、より多くの開発数、または広い範囲の開発要素を担えるようになるでしょう。とくに後者の場合は、より上流工程へシフトするものと考えられます。つまり、コードを書くだけから、品質を保証する人へ、そして要件を定義する人から、ビジネス価値を生み出し企画する人へと、範囲を広げていくこととなるでしょう。

 

 

 

2. 「実践から理論へ」学びの逆転

これまでの学習は、理論を学んでから実践するのが定石でした。しかしAI時代では、まずAIとともに実践(試行錯誤)し、そこでの成功や失敗から理論を抽出する「実践からの学び」が主流になると考えられます。生成AIは、誰もが無限に失敗できる最高の「サンドボックス(砂場)」となります。

 

 

ワイヤレス・ビジネスとWi-Fiの新たな使命

生成AIによる変革は、プラットフォームの壁を溶かし、インターネットを再び「開かれた場所」にする可能性を秘めています。AIエージェントがWebをストレージのように扱い、複数のサービスを「越境」しながら自律的に動く未来において、通信インフラの重要性は高まると考えられます。
特に、AIエージェントという「新しい主役」が、人間の生活圏である屋内外で自由自在に動き回り、リアルタイムに推論と連携を繰り返すためには、低遅延で堅牢なWi-Fi環境が不可欠な「神経網」となります。
私たちは今、Wi-Fiを「人がネットに繋がるための便利な道具」という段階から、「無数のAIエージェントが自律的に活動し、推論のインターネットを現実世界に繋ぎ止めるための必須のライフライン」へと移り変わる時期に来ているのかもしれません。この「エージェントが躍動する未来」を支える強靭なワイヤレス基盤が創り上げられることを期待します。

* analogy / metaphor
これまでのインターネットが、各階ごとに壁で仕切られた「デパート(垂直統合されたアプリの集まり)」だったとすれば、これからのAIエージェントの世界は、壁がなくなり、コンシェルジュ(AIエージェント)が店をまたいであらゆる商品を揃えてくれる「巨大なオープンマルシェ(Agentic Web)」のようなものです。客(ユーザー)はどの店に入るか悩む必要はなく、ただコンシェルジュに「今日のお祝いに必要なものを揃えて」と伝えるだけで、最適な体験が手に入るのです。

 

【筆者紹介】

嶋 是一(しま よしかず)

国内大手電子機器メーカーで携帯電話の技術開発を担当し、モバイル関連の技術開発、技術啓蒙活動、Androidコミュニティー運営などを行う。2012年、KDDIテクノロジーに入社。2021年より最高技術責任者(CTO)に就任。2024年に「生成AI協会(GAIS)」の理事に就任し、人材育成教育WGを率いる。技術啓蒙活動として、MCPC人材育成委員会のモバイルシステム技術検定プロジェクトにて「モバイルシステム技術テキスト(リックテレコム)」の執筆と監修を20年間継続。他にも日本語初のAndroid開発書籍「Google Android入門(技術評論社)」の執筆や、「続・5G教科書 NSA/SAから6Gまで(インプレス)」に寄稿するなど、先端技術に関する複数の書籍の執筆も手掛ける。

<活動>
MCPC 人材育成員会 モバイルシステム技術検定プロジェクト 副主査
技能五輪国際大会選手強化委員会 モバイルアプリケーション開発分科会委員
Inerop Tokyo2025 APPS JAPAN 2025 実行委員
東京電機大学非常勤講師、玉川大学非常勤講師

 


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