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趣味と仕事
20年前「趣味と仕事」の境なく過ごした
シリコンバレーベンチャーでの日々

Wi-Biz 事務局長 高木 映児

20-25年ほど前は丁度11a/b/gから11nへ移行していく時であり、速度も急速に増大したこともあり、無線LANの市場が急速に立ち上がっていった時期でした。そのころのお話を少しさせて頂こうと思います。このコーナの主題は趣味と仕事なのですが、当時は趣味と仕事の境界がなく日々を過ごしていたと言う屁理屈でこの内容で書かせていただきたいと思います。ご容赦ください。私と同年代の方にはニヤッとしていただけるエピソードを、また、若い方にはそんなことが無線LANにはあったのだと、多少でも興味を持っていただけるエピソードをご紹介できればと思います。
当時競合他社におられた方は少し話が違うじゃないかと思われる部分があるかも知れませんが、もう思い出話の域に入っていると言う事で、ご容赦いただければ幸いです。また無線LANとは少し離れますが、ベンチャにいた時の異文化経験も、いくつかピックアップしてご紹介したいと思います。しばしの間お付き合いをお願いします。

WECAの時代

Wi-Fi Alliance(WFA)は無線LAN業界では相互接続性の認証団体として有名ですが、その団体がまだWECA(Wireless Ethernet Compatibility Alliance)と呼ばれていたころから話が始まります。
2002年か2003年だったと思いますが、802.11aのチップの相互接続性がどのように確認されるかを知るために、私はSVNL(Silicon Valley Network Laboratory)で行われたイベントに参加しました。SVNLというのはシリコンバレーにあるHPの研究施設なのですが、当時WECAは自前のラボが無くHPの施設を借用していました。

初めての参加と言う事もあり、参加スタッフの技術力の高さに圧倒されました。キーボードの入力スピードからして違いました。本当に意味のある文字を打っているのかと言う位のスピードでした。
そんな彼と滞在中に少し仲良くなったのですが、今の会社に何年いるかと聞かれたので14年くらいかなと答えたら「Oh! Fossil」と言われてしまいました。限られた場面で使う英語のビジネス日常会話で、「化石」なんていう単語がそれまで出てきたことは無かったので、今でも強く印象に残っています。先ほどのキーボードの件だけでなく、彼の技術力のスキのなさに圧倒されてしまっていましたが、微笑ましい事もありました。無線LANチップ間の接続試験が上手く行った時に、彼が「つながった!」と大声をあげました。すると、周りにいた10人程度の人が一斉に彼と評価機器を取り囲みました。そのとたん、速度が途切れてしてしまいました。はじめ理由がわからず戸惑っていましたが、結局人に囲まれたことによる信号減衰が理由だったことがわかりました。全てのレイヤーの技術を熟知しているわけではないと言う事がわかり、少しホッとしました事を覚えています。

Airgoと言うシリコンバレーベンチャー

Airgoと言うMIMO OFDMの技術を初めて無線LANチップに実装したシリコンバレーのベンチャー企業があり、私は2004年に入社しました。日本人としては第一号社員でした。Airgoの創始者は一度社会人になった後Stanford大学に戻り、MIMO OFDMで博士号を取得した方なのですが、その時の指導教官と会社を興しました。はじめはFWA(Fixed Wireless Access)の会社だったのですが、MIMO OFDMAの性能がより発揮できるのは(屋内で多重散乱の発生する)無線LANだろうと言う事で、無線LANのチップを開発すべく2番目の会社としてAirgoを立ち上げました。このMIMO OFDMの技術が後に策定される11nひいてはその後の無線LANのキー技術の1つとなっていきます。
入社直後に本社のパロアルトオフィスに研修を受けに行った時の写真が以下のものです。まだお腹が出ていません。新しい環境に飛び込んだばかりなので、不安で目つきは少し泳いでいます。

 

 

入社して驚いたのは、技術力の高さは置いておいて、人種の多様性でした。当時、会社設立2、3年目くらいでしたが、その頃、社員は100人を少し超える程度なのに、10か国以上の人種で構成されていました。米国人、メキシコ人、インド人、フランス人、オランダ人、イラン人、台湾人、ユダヤ人、アフガニスタン人、そして日本人などです。

英語で苦労した話

当たり前ですが、みんな英語で話します。シリコンバレーでは英語を流ちょうに話すアジア人も多数いるので私に話しかける時も容赦が全くありませんでした。平均よりは英語が話せると思っていて米国企業に入っても何とかなるだろうと楽天的に考えていたのですが、入社直後は「解雇」の文字が常に頭から離れませんでした。それでも切羽詰まっていたので、日が経つにつれて少しずつコミュニケーションスキルが向上してきました。しかしその中で、最後まで慣れずに苦労したのはインド人でした。インド人でも若いうちから米国に来ている人は発音もアメリカ人とそう変わらないのですが、インドで成人して渡米してきた方は、独特の口の中にこもる様な発音で、しかも言いたいことがたくさんあるらしくいつも早口で話すので、わかりづらかったです。
また、私は、拙い英語でコミュニケーションする際に、言葉だけでなく、ボディーランゲージや顔の表情など情報として収集できるものを総動員して、当時は言語能力の不足を補っていたのですが、トラブルの素は、インド人のボディーランゲージが日本と大きく異なる事でした。言葉的にはこちらの言う事を肯定しているように聞こえたときに首を横にふるのです。YesなのかNoなのか、しばしば混乱しました。ある程度仲良くなった時にそのことを確認したら、インドは肯定の時にペコちゃん人形のように首を横に振る事がわかりました。それがわかってからは、インド人に対してもコミュニケーションが多少スムーズになっていきました。恐らく逆の立場から見ると日本人の私とコミュニケーションするのは皆さん苦労されたのだと思います(発音が日本人独特だし、抑揚が無いし、(相手をおもんぱかっているつもりで)Yes/Noをはっきり言わないし、愛想笑いで場を乗り切ろうとするし…)。

因みに私が自分の言っていることを一番正しく理解してくれているなと確信を持てていたのはCTOの方でした。彼はMOMO OFDMの権威なので英語云々の能力と言うよりは、素晴らしい信号処理のアルゴリズムが脳内に実装されており、私の言葉の中に含まれていた多くの雑音や誤りをリアルタイムで信号処理して除去、補正していたのだと思います。

彼との思い出話があります。彼がIEEE会議かWFA会議出席のために来日した際に、居酒屋に連れて行き、いろいろな日本料理で歓待しました。焼き鳥の鳥皮がゴムを食べている様だと言われた以外(確かに初めて食べるとそのような印象になるかも知れません)、総じて日本食は好評でした。ただ注文した中にフグの刺身がありました。なんとなくその場の雰囲気を察して彼が、これは大丈夫かと質問をしてきたのですが、私がジョークのつもりでルシアンルーレットのようなものだと答えたら一切、箸を付けませんでした。ちょっとジョークがブラックすぎたかも知れません。先日再会した際にこの話をしたら、今でももちろん覚えているとニヤッと笑われました。楽しい思い出に昇華してもらっていたようで安心しました。

食べ物と言うとまたインド人の話になってしまうのですが、先ほどご紹介したインド人とは別の人が仕事で来日した際に、何週間か滞在していたのでいろいろな和食屋に連れて行ってあげました。彼はみそ汁に唐辛子をかけて(彼にとって)おいしかったのに味をしめました。その後は、テーブルに唐辛子が置いていないお店でも常に唐辛子を要求して、可能な限りいろいろな料理に唐辛子をかけていました。私がどれだけの辛さまで耐えられるのと聞いたら、彼は日本料理程度の辛さなら何でも問題ないと豪語していました。そこで、同じ辛さでもわさびと唐辛子は違うものだと言っていた科学番組を思い出し、お寿司屋に連れて行った際にワサビ巻きは大丈夫かと聞いたところ、もちろん問題ないと言いました。板前さんに事情を話し特性ワサビ巻きを捲いてもらったところ、彼は一口食べてギブアップをしました。科学番組の言っていたことは本当でした。鼻に抜ける辛さには耐性が無かったことが実証されました。そのほかにもインド人は零を発見した民族なので何時間も議論をするとかいろいろ都市伝説があります。ベンチャー在籍の時はとても忙しかったのですが、仕事の合間に都市伝説検証などをして息抜きが出来たので何とかお勤めを最後まで果たすことができました(ベンチャーが成功したと言えるのは2例あります。1つは株式上場できた場合、もう1つは大手企業に買収された場合です。Airgoの場合はめでたく米国大手企業に買収されその役目を終えました)。

 

 

無線LANで主要な特性の1つに、どこまで遠くまで通信ができるかというものがあります。計算をしてある程度目安を立てることもできますが、現実の環境は複雑なので、最後は 実測での確認が必須となります。他社に対する優位性をアピールするために、大きな家をレンタルして離れた距離での性能差を測定・検証することが重要となります。また、他の無線LAN等からの干渉の影響が少ない場所が良いと言う事で、郊外のレンタル別荘が測定場所の候補となります。また部屋数も多いので、それなりに豪華な別荘になります。上の写真で示したのはそんな豪邸での測定風景です。
再現性のあるデータを取得するために、ターンテーブルで回転させながら測定をしていました。風呂(シャワー室)が4つもあり、一度は住んでみたくなるような豪邸でした。実際、測定担当者が最後にはそこに住み着いて測定をするようになりました。恐らく、日本の一般的な会社では公私混同だとの理由で許可されなかったと思います。行き帰りの時間が節約でき、終夜自動測定の時でも問題が起きた場合には即座に対応できるなど、実利をアピールして経営層に許可を得たのだと思います。慣習に捕われず実利で判断をして行くシリコンバレーベンチャーの柔軟性の一端を見た気がしました。本社で何度か会議にも参加しましたが、ベンチャーでリソースが限られており、常に処理しきれない仕事があるのですが、会議では項目ごとに費用対効果を考え、非常にドライに優先順位をつけていたのが印象的でした。

別荘での測定の話に戻りますが、私は、入社直後の研修の時やその後も測定が必要な時に、滞在中の宿泊施設から車で山奥の曲がりくねった道をレンタカーで往復しました。大体何かトラブルがあり、帰りは夜遅くの山道のドライブとなります。ある時同僚から、ライオンが出るから気を付けろと言われました。こいつ田舎者の日本人だと思って担いでいるのかと思いましたが、西海岸ではピューマが雌ライオンに似ているのでライオンと呼ばれることがあるとわかりました。幸い(残念ながら?)ライオンには一度も出会うことなく別荘通いは終わりました。

性能が出ない! 3連発

研修が終わり、デモ機を持って日本全国のお客様を訪問し性能をアピールしていきました。そんな中で、日本のお客様に怒られた記憶を3つご紹介したいと思います。MIMO OFDMの市場立ち上がり期ならではの経験だと思います。当時は問題が解決するまではお客様の視線が痛く大変でしたが、今では微笑ましいエピソードとなっています。

Airgoとしてお客様にデモをして歩いていた頃は11aの立ち上がり時期で、Airgoは11aにMIMOをかぶせた形の製品を開発していました(11nとして正式に規格にMIMO OFDMが組み込まれるのはその少し後です)。そこで、はじめの頃1社だけがMIMOを実装した製品を市場に投入していたため、他社との性能差はわかりやすく、デモ自体は総じて好評でした。しかし、私が帰った後、お客様が自分で再評価をすると性能が出ないことが間々あり、良く呼び出されました。

[事例1] 測定系が古すぎた!
一度お客様に10Mbpsも出ないじゃないかと激怒され、再訪問をし、一緒に測定系のチェックをしました。測定系で、制御用のPCとアクセスポイントをつなげる時などには有線を用います。調査の結果、有線部分に10MbpsのEthernetカードが使われていることが判明しました。そこで速度が律速されていたのです。実際、カードを取り換える事で性能がでる様になりました。ちょっと怒られ損かなとも思いましたが、結局そのお客様には最終的に採用をして頂いたので、結果オーライです。

[事例2] 反射が無さ過ぎた!
理想的な状態で測定しているのに最高速度がでない、とクレームを受けたこともあります。お客様の測定環境を見させていただくと、無反響ボックスに親機と子機を入れて測定されていました。MIMO出現前では理想的な測定環境でした。しかし、MIMOは多重反射が多い環境等、複数の受信のアンテナ間で異なった信号を受けた場合に性能が発揮できる方式です。この為、自由空間や無反響ボックスの中である程度送受信機を離した状態で測定をすると複数のアンテナで捉える信号に差が無くなり、性能が出にくくなります。そこで、わざと信号を散乱させるため、親機子機間に遮蔽物を入れ、また、多重反乱がおきやすい様に、ボックス内に障害物を入れて測定をする事をお勧めし、所望の特性が出る事を確認しました。しかし話はここで終わらず、お客様から、どのような環境でも性能が出るものでないと採用できないと突っ込まれてしまいました。確かに正論ではあります。しかし、通常のユーザが使用する実環境ではむしろ多重反射が起きる場合が一般的で、無反響室の中のような環境の方が非常に特殊だとご説明したのですが、完全には納得していただけませんでした。MIMOが市場に出回った初期ならではのエピソードです。

[事例3] 反射が起きすぎた!?
典型的な会議室の環境で速度がでないと言うお客様からのクレームもありました。
現場に行ってみると、大きな会議スペースに金属壁で仕切りを付けて複数の小会議室を構成すると言う会議室の構造になっていました。この為、ほぼ全面金属で囲まれた比較的狭い空間で測定がされていました。通常は会議に参加する人がいたり、観賞用の鉢植えの木などがあったりするので、適度に無線信号が減衰してくれるのですが、今回の測定環境は仕切り壁が全面金属、また無人で他に電波が減衰する部材も無い環境で測定したので、反射波がいつまでも減衰せずに次のOFDMのパケットに重なって性能が出ないことがわかりました。典型的な使用環境にして頂いたところ、性能が出る事を確認・ご納得いただきました。

本家、元祖論争? True MIMOとは

AirgoがMIMO OFDMの無線LAN製品を市場に投入してから他社が投入するまで、前述したようにタイムラグが少しありました。そのころMIMOが市場でも認知されてきていたので、競合会社の中ではビームフォーミング+チャネルボンディングの機能をもってMIMOとして製品を出してきました。ビームフォーミングは複数のアンテナが必要であり、チャネルボンディングによる束ねた分だけ速度が上がります。そこで無線LANに詳しくない人たちには、Airgoの2-ストリームのMIMOと良く見分けがつきません。MIMOがMulti-Input-Multi-Outputの略なので、その意味では、この合わせ技はMIMOと解釈できない事もないのですが、アカデミックな定義としては空間多重できるものをMIMOと呼びます。また、性能も大きく異なるのでAirgoとしては真のMIMOと言う意味でTrue MIMOと言うコピーを考え、差別化を計りました。以下の写真は2006年のWireless Japanで出展した時のものです。真ん中のポスターの上の方のロゴにTrue MIMOと書いてあるのがわかります。何やら有名和菓子の本家元祖論争見たいな様相になってきており、日本人の感覚としては少し恥ずかしさも感じておりましたが、空間多重のMIMOを正しく理解していただくと言う観点では、意味のある活動だったと思っています。

 

 

同じくWireless Japan 2006でAirgo本社の技術副社長が来日して講演をした時の写真を以下に載せます。マルコーニが火花を飛ばして山の向こう側に無線で信号を初めて伝送してから100年たってMIMO OFDMが生まれました、みたいなプレゼンをしています。

 

 

最後まで駄文にお付き合いいただきありがとうございました。1つでも楽しんでいただけたエピソードはありましたでしょうか。またどこかでお会いできるのを楽しみに筆をおく事とします。


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