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トップインタビュー
シスコシステムズ合同会社
代表執行役員社長 中川いち朗 氏
広がるWi-Fiの用途と役割
企業のDX推進を徹底サポート

今年1月、新社長に就任した中川いち朗氏は、お客様やパートナー企業に挨拶に回る中で、日本企業がコロナ禍を超えてDX推進への機運に溢れていると感じたという。
シスコシステムズは、コロナ禍のなかでリモートワークを支えるコミュニケーションツール、セキュアなネットワーク環境の整備などに注力していることで知られているが、今後、Wi-Fiの用途の広がりのなかで、さらに中小企業も含めてDXに取り組む企業のサポートを丁寧に進めていく戦略だという。
中川社長に、今後のビジネス戦略と主な取り組みの展望について尋ねた。

 

 

コロナ禍を超え市場の活性化へ

――コロナ禍で市場が大きく変化し、ビジネスも変わっていますが、影響はいかがでしょうか。

中川 2つの面があると思います。シスコ自身はどう働き方を変えたのかということと、コロナによって市場にどういう影響があったかということです。
まずシスコは約20年以上前から働き方改革を進めて参りました。お客様にリモートワークをご提案してネットワークやコミュニケーションツールなどの製品やサービスを販売しているぐらいですから、自ら先進的な働き方をしなければいけないということで、リモートワークは日常的にやっておりました。
コロナ情勢を受けて2020年2月から全社員完全リモートワークとなり、すでに2年近くとなりますが、営業活動も含めて仕事への影響は実際にほとんどありませんでした。業務の生産性はむしろ上がったのではないかというぐらい、リモートワークのツール活用を含めて効果があったと思います。
私どもは、お客様と対面でお会いするタイプの営業活動を中心にしておりましたので、他の日本企業と同じように、営業ではこれまで完全にデジタルやリモートにシフトし切れていなかったところもあったと思いますが、リモートワークに移行しても生産性は全く下がりませんでした。
また、リモートで働いてもきちんと社員のモチベーションを保てるようなカルチャーや制度が相まっての成果だということは付け加えておきたいと思います。
そのお蔭で、2021年「Great Place to Work® Institute Japan」が選ぶ2021年版日本国内「働きがいのある会社」大規模部門で第1位をいただきました。これは社員の生のアンケートをベースにしているということで、本当に社員の一人一人が、モチベーション高く仕事をしているという証拠だと思っています。

他方、日本市場のビジネスを考えますと、昨年の後半は、コロナの感染が拡大し、日本の製造業・流通業はじめ将来の見通しが立たないということで、投資がストップしました。私どもはオフィスのLANやネットワークがビジネスのコアですので、オフィス需要が全くないということで、確かに影響はありました。
しかし、それをカバーするように、2つのマーケットが新たに成長しました。
1つは直接的なリモートワークにおけるソリューションで、「Webex」のようなコミュニケーションツールです。もう一つは、企業ネットワークとインターネット活用をセキュアにしていくという取り組みです。企業の外でのネットワーク需要は相当活性化しましたので、コミュニケーションツールとそのインフラであるネットワークが大きなマーケットとして急激に拡大しました。オフィスやキャンパスのネットワークの落ち込みを覆うぐらいの需要になったかと思います。
結果的には、昨年度もシスコ全体の中で「ベストカントリー」に選ばれるぐらい、グローバルから見ても非常に堅調なビジネス成長を示せたと思います。

――コロナに対しては、まだまだ戦いが続いているわけですけれども、ビジネスという観点では、影響を乗り越えていく道筋は見えてきているわけですね。

中川 もちろん非常に厳しい市場状況だということには変わりありませんので、何とか持ちこたえたというのがこの1~2年だと思うんです。
私も社長になってまだ半年なので、いろいろなお客様とお話をしましたけれども、前向きというか、明るい展望、つまり「今までなかなか思い切って変革ができなかったがこれを機に変えたい」「デジタルを駆使したトランスフォーメーションをやっていく、いいチャンスだと思う。ぜひ協力してほしい」というようなコメントが非常に多いんです。 私は、日本のDXへの取り組みは非常に明るいのではないかと思っています。

――コロナは続いていますが、確かに「これを機にDXを」という機運は強いのではないでしょうか。企業も、国も、社会も地域も、そこに向かい始めているという雰囲気ではないかなと思います。

中川 全く、そう思います。

企業のDX推進を支援

――御社はかねてより「デジタル」ということを提唱していますが、今後、どういう戦略で日本のDXを推し進めていくのでしょうか。

中川 私どもは、まさに「DX推進」ということを大きく掲げています。
これには、まず企業のDXの支援という部分、次は広く日本の社会インフラ全体を変えていくという部分、この2つがあると考えています。

 

 

まず日本企業のDXについては、先ほど申し上げたように、お客様の危機感が以前とは全然違います。
私どもも、この5年ぐらいIoTやスマートシティなどいろいろな取り組みを進めておりますが、それが本当に企業のコアのビジネスを変革しているかというと、まだトライアルというか、ある一部の工場での取り組みという域を出ていないケースも多くありました。
しかし、コロナ禍になって、企業のITへの考え方が変わってきています。クラウドは当たり前に、そして、マルチクラウド、マルチアクセスの環境も当たり前になってきていますので、ここでインフラをそれに合ったものに変えないと、DXなんて全くできないという認識に大きく変わってきています。
シスコが提供する製品やサービスはネットワークやセキュリティなどのインフラですが、それらが大きく進化することによって、お客様のビジネス自体がデジタル化したり、工場がデジタル化できる状態に変わっていくのです。ここは、DXの観点で、積極的にきちんとご提案することがとても大事な局面だなと痛感しているところです。

――ネットワークとか、システムとか、インフラというものが、企業の本業/事業そのものとダイレクトに結び付いていて、それがデジタル化を遂げ、イノベーションを果たしていくということですね。逆に、コロナ禍のなかでは、デジタル化がないと事業も変わっていかないし、いやそもそも企業が存続・発展していかないという認識が広まった局面ということですね。

中川 そうですね。企業においてITに関わるCIOの方だけではなくて、ビジネスに関わるエグゼクティブの方々、最近ですとCDO(Chief Digital Officer)の方々など、ビジネスをリードされる方の認識が大きく変わってきています。
私が最近お会いするのは、以前ですとCIOが8割だったのですが、今は逆です。CIOは2割しかお会いしません。むしろ、CEO、CDO、CFO、人事の役員の方々、どうやって会社を変えていけばよいかと悩まれている方々とお会いするほうが、むしろ多いぐらいです。それは、つまりシスコの役割が大きく変わって、ビジネスを直接的にご支援できる状況になっているのかなと思います。

――情シスだとか、そういうIT専門部署ではなくて、本業/事業に経営責任を持つ方々、あるいは各事業に直接に関わっていく方々ということですね。

中川 そうです。ネットワーク分野、特に5Gのサービスプロバイダ向け分野でいいますと、シスコが圧倒しています。5Gのネットワーク・ルータのマーケットシェアは、おそらく8割を超えていると思います。
けれども、企業ユース、企業で5Gをどう使っていくかという点では、必ずしも効果的な事例やユースケースが出てきているわけではありません。
ですから、シスコの役割はネットワーク分野、なかでも今注目の5Gあるいはローカル5Gを駆使して、どう企業のビジネス変革に役立ててもらうか、ユースケースを提供することが大事だと思っています。
昨年11月に「5Gショーケース」という検証センターを開設し、弊社以外の製品も含めてEnd to Endで動く環境を設置して、いろいろなアプリケーションを検証していただく場を作りました。
ご要望を沢山いただき、工場のIoT実験をやりたいとか、損保の営業活動でWi-Fiと5Gを融合させてどのように活用したらいいかとか、いろいろなユースケースを試していただいています。
サービスプロバイダのモバイルネットワークと、企業のネットワークの両方をやっているネットワーク会社はあまりありません。そこはシスコのノウハウ、今までの経験をお客様にご提供できるバリューがあると思っています。
こういった形で、これまでの経験も駆使しながら企業のDXをご支援したいというのが、まず1つの大きな柱です。

――モバイルキャリア自体、5Gの産業活用は未知の領域で、経験も実績も不十分なわけですからね。逆に企業側も、5GやIoTなどをやってみたいんだけどやり方が分からないということがあるわけで、そこはつなぐ、そして進めていくという役割ですね。

中川 一般企業が使おうとした時、運用面も、製品やソリューション面でも、簡単にすぐにに利用できるシステムをご提供しなければいけないと思っています。この辺りは本当に、日本市場の課題だと思います。

――ローカル5Gについては、どういう取り組みをされているのですか。

中川 ローカル5Gは早くから取り組み、弊社自身もローカル5Gを申請し使える環境を構築しています。製造業、金融業をはじめ幾つかの企業とパイロットを行って、ユースケースを検討しています。ただ、ローカル5Gのソリューションでは、まだいくつか選択肢があります。近い将来、企業用のローカル5G製品を提供しようと考えています。ポイントは、もっと簡単に運用できる5Gのテクノロジーということと、5Gマネージドサービスというか、サービスとして提供するというぐらいにしておかないと、中小企業でローカル5Gを活用していくのはなかなか難しいのではないかと思います。

――その通りですね。

中川 マネージドサービスでローカル5Gを提供できるソリューションというのが、シスコの方向性なのかなと思います。近々に具体的なご紹介ができるかなと思います。

社会インフラの変革とイノベーション

――最初の企業のDXサポートの側面を伺ったのですが、2番目の日本社会のインフラを変えていく、そのサポートを行うという側面、こちらはどういう取り組みでしょうか。

中川 社会という意味では、公共サービス、テレワーク、医療、交通、物流、スマートシティといった分野を対象に取り組んでいます。
デジタル庁が9月に発足しましたので、こちらに対する専任体制も敷き、これから政府、自治体でのご支援をしていきたいと思います。加えて、文部科学省が推進しているGIGAスクール構想、Wi-Fiのネットワークのプロジェクトも積極的に取り組み、約400の自治体に、無線LAN、弊社でいうと「Meraki」というクラウド製品やクラウド型のセキュリティの製品などを、導入いただいています。今後も補助金等が出てくることも想定されますので、一般企業に加えて公共事業への体制を今は強化中です。

もう1つ、先ほどの企業のDXもそうですが、初期段階で投資を躊躇されるケースが多く、「カントリー デジタイゼーション アクセラレーション(CDA)」というシスコが全世界で推進している投資プログラムで、各国それぞれのデジタル化についてご支援ができるところがあれば、シスコがまずは投資をするという戦略に取り組んでいます。資金として投資するケースもありますし、機器として投資するケースもありますし、人を投資するケースもありますけれども、要は最初の段階で、シスコが投資し、シスコとしてプロジェクトをバックアップしていこうというプログラムです。

――どんなプロジェクトイメージなのですか。

中川 先ほどの「5Gショーケース」のような環境をつくることが一つのモデルになります。例えば、昨年NTTとローカル5Gのテクノロジーを使って地方でハイブリッドワーク、リモートワークの実験をしています。そういった具体的な適用事例に投資をさせていただいたりしています。あとはスマートシティでもいろいろと投資をさせていただいています。

広がるWi-Fiの用途と最適ソリューション

――御社はWi-Fiへの取り組みにも、とても重点を置かれています。クラウドWi-Fiも「Meraki」が相当浸透していることが知られています。Wi-Fiの発展と進化の状況、今後の取り組みと展望についてお願いします。

 

 

中川 冒頭に申し上げましたように、Wi-Fiの用途がだいぶ広がってきています。企業のビジネスのコアインフラになりつつあるという認識です。コロナ以前と後では、大きく変わっています。
それゆえに、Wi-Fi 6を中心にWi-Fiに対するスペックの要求がどんどん上がっていくと思います。それに対応できるようなテクノロジーの進化と、ビジネスニーズの高まりとが相まって市場をつくりつつあるというのが、現在のWi-Fiの市場です。
弊社のビジネスにおいても、Wi-Fiに絡む製品は圧倒的に成長率が高いんです。2桁成長をしていますが、それはこれまでよりも格段に広い用途になってきているということだと思います。
ただ、コアのビジネスで使われることになりますと、今までよりもセキュアなものでなければいけないとか、遅延も含めたパフォーマンスに対する要求も高くなってくるということで、Wi-Fi単独というよりもセキュリティ製品と一緒に安心安全なソリューションとしてご提供しなければならないと思っています。
この数年で拡大したサービスとしては、GIGAスクールに加えて、NTT様と協業させていただいている「Meraki」のマネージドサービスがあります。これは、マネージドサービスなので、中小企業でも津々浦々どこでも使えるようNTT様にサービスとしてご提供いただいているということです。広く展開するためには、End to Endでソリューション化できるということが非常に重要な要素なのかなと思います。

もう1つ、ユーザの用途によって、あるところはWi-Fi 6がベストソリューション、あるところではローカル5Gがベストソリューションということになりますから、弊社としてはWi-Fiだけというよりも用途によっていろいろなネットワークが、マルチでスムーズに連携して動くようなものが理想なのではないかと思っています。どのような形態のネットワークでも用途に合わせてご提供できる、中立的な立場でご提供できるということが、シスコの1つの優位性かなと思っています。
最近でいいますと、WBAの規格にもなっています、5GからWi-Fiにスムーズに移行ができる「Open Roaming」という機能も提供しています。ユーザは意識しないで自然にネットワークの切り替えが自動的に行われているということで評価いただいています。マルチなソリューションの中の重要な一角をWi-Fiが占めているということなのではないかと思います。

――モバイルオペレータやWi-Fiプロバイダーだけではなくて、ユーザの視点を持ってネットワークあるいはワイヤレスをもう1回見ていく、そこでベストなソリューションを出していくという立ち位置ですね。Wi-Fiがものすごい勢いで伸びているわけですが、今後、ローカル5Gなど他のネットワークとも競い合いながら、どっちを選んでもらうか、そういう局面になるのでしょうか。

中川 そうだと思います。競い合うというより融合し合うということでしょう。これはWi-Fi 6でないとできない、これはローカル5Gだからこそできるという、ユースケースを開発することが非常に重要です。
「5Gショーケース」は、相当こだわってつくりました。というのは、今はWi-Fiがよいとか、ローカル5Gがよいとか、そういう個別の選択で動いている時代ではないと思います。
ここには、競合の方々にもお越しいただいてよいと思っています。皆で何が本当に必要かということを議論するような場がものすごく必要であり、個別ソリューションで戦っている場合ではない。いろいろな方、ベンダもそうですし、SIerの方もそうですし、私どもでいうとパートナーさんもそうですし、ソフトウェアを開発しているようなエコパートナーの方もそうです。企業もそうですし、政府もそうですし、全ての関係者が集まり、今までの枠を取っ払って議論していくような場がどうしても必要だと思うんですね。
そこの壁を何とか乗り越えたいということと、Wi-Fiでいうと、まだ国ごとに規制もありますし、規格もありますし、ばらばらじゃないですか。そこで、Wi-Bizの皆さんの活動もあると思うんですけれども、そこを変えていく、今はすごくいいチャンスだと思います。

――今求められているDXは、昔のように、あるサービスあるいはあるデバイスを入れたから解決するという時代ではなくて、また解決ということ自体も何か決まった正解というものがあるのかどうか分からない時代ですね。企業ユーザにとっては事業が前に進むことが本当の正解なわけで、AかBかCの決められた選択肢から選ぶだけではないという時代なのかもしれませんね。

中川 そうですね。あとは日本の企業と海外の企業の活動でずいぶん違うなと思うのは、海外はアジャイルなんです。明日やってみてだめだったら明後日は違うことをやっているぐらいのことじゃないと、先が見えてこないわけです。
日本の場合は、計画を立て、「80%ぐらいは成功するかな」と見込んで投資計画を立てて1年掛けてやってみるみたいなことです。
今の1年は、昔なら10年ぐらい先のことをやっているのと同じぐらいの期間なのですから、そういうやり方では追い付かないんです。トライ・アンド・エラーで、アジャイルで、成果をきちんとフィードバックして、それでまた新しいことをやっていくということを繰り返す。その中でいろいろなステークホルダーというか、ベンダもパートナーさんもお客様も一緒になって、成果を享受しながら全体の底上げをしていくということをしないといけない。何せ日本はITが世界で30位近くですから。

――今、おっしゃったアジャイルということも、DXの1つの要素として持っておかないといけないですね。計画経済で、5年後デジタル化が完成しますでは話にならないですね。

中川 そうですね。だから、私もCIOでないエグゼクティブの方にお会いするというのは、そういうことをお伝えしたいからなのです。経営者が本当にそう思わないと変わりません。そのぐらいの覚悟を持っていただかないといけない、それはお伝えをしていかなければいけないなと思っています。

Wi-Bizを共創の場に

――御社は、無線LANビジネス推進連絡会(Wi-Biz)の有力メンバーとして活動していただいていますが、今後のWi-Bizの役割はどういうものとお考えでしょうか。

中川 Wi-Bizが今までやってこられた普及活動を、今こそ企業の枠を超え、皆が集まって進めていかないといけないタイミングだと思います。協業の場といいますか、共創の場をつくることが重要だと思います。Wi-Bizのような活動は、これから全体のコミュニティをつくって活性化していくという意味では、本当にコアの活動になっていくと思っています。そのご支援もできればと思いますし、非常に期待をしているところです。

――最後に北條会長、Wi-Bizに対する中川社長のご意見についていかがでしょうか。

北條会長 Wi-BizはWi-Fiという言葉が入っている団体なんですけれど、お客様にとって最適なものを選んでいくという点では、ローカル5Gも当然考慮に入れていかなければいけないということで、活動を広げてきました。
中川社長にも、その点をご指摘いただきましたが、私たちも会員の皆様にワイヤレスを使うときは、どういうシステムはどういう特徴があって、どれをどう組み合わせると、どんな効果があるのかというところを、積極的に情報を提供していけるように進めています。
また、総務省との間では6GHz帯の作業班の活動も進めていきたいと思いますし、802.11ah推進協議会と連携して進めていますが、802.11ahの実用化の取り組みも周波数がもらえそうなので、そういったものもワイヤレスの選択肢の1つとして提供できないかと考え、活動を進めているところです。

 


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