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「電波の基本」から見たワイヤレス相互補完の時代

(一社)無線LANビジネス推進連絡会 顧問
小林忠男

日本の5Gサービスが始まって一年以上が経過しました。インフラの拡大に合わせてApple、Samsungをはじめとする端末メーカーから5G対応の多様な端末が販売されるとともに、今までにない低価格の新たな料金プランも提供されました。
これらによって5Gサービス普及拡大の条件が揃ってきましたが、現時点ではサービスエリアが狭く、私の使用感は「このレベルでよくサービスしているな」というのが率直な感想です。これまで語られてきた5Gの素晴らしさの実現はもう少し先のように感じられます。テレビCMも新聞、マスコミ等の注目度も以前に比べると少なくなった気がします。
一方で、プライベートなワイヤレスネットワークとして誰もが免許を取得すれば使える「ローカル5G」の可能性を検証するPoCが多くの企業や自治体等で行われています。
7月6日の「日経産業新聞」には、「NTT東、5Gで農業支援」という記事が出ています。

NTT東日本と東京都は高速通信規格「5G」を地域限定で使える「ローカル5G」を活用した、農業支援の実証実験を始めると発表した。都内に建設した試験圃場に超高解像度のカメラを設置し、遠隔で農業従事者を支援できるようにする。2023年度の事業化を目指す。

圃場というエリアを限定し、高画質画像を伝送可能にするため上りを高速にするという目的を明確にしたローカル5Gの活用は、5Gの長所を活かしながら、エリアが狭いという短所を逆に長所に変える活用法/ソリューションだと思います。5Gの今までにない新たな可能性を生み出すと期待しています。

Wi-Fiの世界を見ると、新型コロナウィルスによるテレワーク・リモートワークの急拡大、オンラインサービス、オンライン授業の普及によってWi-Fi需要が大きく拡大しています。確かに携帯料金が一部下がりましたが、広く自宅やオフィス、カフェにWi-Fiと光がなかったら、とんでもない通信コスト増になっておりテレワーク・リモートワークを行うことは不可能だったと思います。
これからのWi-Fiのメインストリームは、Wi-Fi 6です。
Wi-Fi 6はWi-Fi Allianceで認証を行った802.11ax準拠の無線LANに対するブランド名です。
これまでにない高速性、混雑に強い端末の多数接続、消費電力を抑え長時間動作が可能、セキュリティ向上等々の進化を遂げています。
また、IoTのワイヤレスアクセスに最適な920MHz帯を使用する802.11ahの日本における規則化の動きも着実に進んでいます。総務省の作業班が6月28日に始まり来年の2月に答申が出る予定となっています。
既に、Wi-SUN、LoRa、SIGFOXのLPWAがありますが、既存のWi-Fiより10倍エリアが拡大し既存LPWAより10倍高速な802.11ahが加わることによってIoTワイヤレスアクセスの選択肢が格段に広がることになり、本格的なIoT時代の幕開けになると思います。

ますますワイヤレスが毎日の生活になくてはならないものになる中で、各国において最先端のワイヤレス技術の開発と導入が国家の浮沈に大きく影響すると考えられるようになっています。
「日経産業新聞(2021年7月5日)」の小池良治氏の記事「政治に翻弄される6G開発 欧米や中国、研究グループ乱立」です。

5Gネットワークでは中国メーカーが安い価格と欧米並みの技術を強みに世界市場で大きく伸びた。米政府は「国家安全保障を脅かす危機」だとして中国のHUAWEIを米国から排除したほか………中国大手キャリアの通信事業免許取り消しや上場廃止など次々と厳しい対応を展開した。米政府の6G開発支援はこの米中経済戦争の延長戦にある。………一方、5G規格の整備を進めてきた関係者の間では、「このままでは米中で違う6G規格が生まれかねない」との懸念が出ている。

「電波の基本」とモバイル/ワイヤレスの相互補完

国家の安全保障を脅かしかねないワイヤレス覇権の議論が進む中で、今回はこれまでも繰り返し述べてきた内容ですが、私が考える「電波の基本」についてまとめてみます。
何故かというと、5GやIoTや自動運転車やスマートシティは高度なワイヤレスがあることによってはじめて実現されるわけですが、新しいワイヤレスシステムを開発すれば望むことは何でもできるわけではないということを十分に認識せずに議論が進んでいるように思えるからです。

1 基地局から端末に電波が届かなければ通信は出来ない

今更、言うまでもない当たり前のことですが、基地局からの電波が端末にそれなりの強度で届かなければ意味のある通信をすることが出来ません。基地局から遠く離れている、基地局が近くてもビルの窓から遠い密室にいる時などは、通信が出来なくなることをよく経験されると思います。
モバイル(携帯電話)はビルの陰にも、屋内にも届く帯域の電波を使っていますので広く面的にシームレスのエリア構築が可能です。
一方、Wi-Fiはモバイルに比べて高い周波数帯域を使っているためモバイルに比べて電波の飛び方が少ないため、面的にカバーするのではなくスポット的にエリアを展開しています。何故そうなるかについては、2で説明します。
余談ですが、初期の携帯電話サービスは音声通信だけでしたので、通話できる限界の受信入力(スレショルドレベル)以下になると通信は切断されました。受信入力が高い間は品質が良く、スレショルドレベル以下になると切断というゼロイチの基準しかありませんでした。
現在の5GやWi-Fiは受信入力が高ければGbpsの速度が、受信入力が低くなると100kbpsの速度で通信しています。音声通信だけの時代のように通話が出来るかどうかのゼロイチで回線を切断してしまうことはせずに、デジタルの世界では、ゼロイチではなく受信入力によって変調方式が1024QAMから4PSKまで変化し、受信入力に柔軟に対応し通信が長く可能な様に設計され、100kbpsでもメールのやり取りは出来るのです。

2 速ければ狭く、遠くは遅い

電波はその周波数によって伝わり方が違います。5Gの28GHz帯のミリ波は電波の進み方が光に似て、直進性が強く伝搬距離は数十メートルです。LTEで使われているプラチナバンドと呼ばれる900MHz帯は周波数がミリ波に比べると低いため、電波は遠くまで飛び、ビルなどの建物の裏側まで回り込み、屋内にまで侵入するため広いエリア構築が可能です。
5Gのサブ6はミリ波とプラチナバンドの中間でミッドバンドと呼ばれています。ミリ波より電波は飛びますが、エリアが狭いと言われるWi-Fiの5GHz帯と変わらないのでせいぜい数百メートルでしょう。
ワイヤレスシステムは周波数が高いと高速化が可能で、28GHz帯を使う5Gは1Gbps以上の高速伝送が可能です。これを正確に説明しますと、ミリ波帯では図表-1に示すように広い周波数帯域を使うことが可能になるため大量の情報をやり取りすることが出来ます。家を建てる時に土地面積が広ければ建坪が広くなるのと同じです。プラチナバンドで使える周波数はミリ波帯に比べると狭いので少ない情報量になります。

 

図表-1

 

このように、周波数が高くなると電波の飛ぶ距離は短くなりますが大量の情報をやりとりすることが可能になります。逆に、周波数帯域が低くなると電波は遠くまで飛びエリアは広くなりますが、情報量は少なくなります。
これは当たり前と言えば当たり前なのですが、超高速が特長の5Gで面的なエリアを構築するためにどれだけの基地局と基地局までの光回線が必要になるかをきちんと計算しなければなりません。東京都内の高層ビル群の中を車で移動した場合に果たしてミリ波とサブ6の周波数でシームレスに通信をした人はまだ存在しないのではないでしょうか。
この基本をきちんと理解して5Gのサービス開発やBeyond5Gの開発戦略を議論することが何よりも必要だと思います。
以上から、モバイルにおいて面的にシームレスにエリアを構築するためには、超高速ではないが遠くまで届く電波と飛ぶ距離は短いが超高速通信が可能な電波を組み合わせて、トータルとして面的でシームレスなエリアを実現することが合理的だと思います。

3 すべての需要を満足する単一のワイヤレスシステムは存在しないので、相互補完的に機能する多様なワイヤレスシステムが必要

世界中の多くの人が片時も手離すことなくスマートフォンで様々なことを行っていますが、このスマートフォンにはワイヤレスの通信手段として、LTEや5Gのモバイル、Wi-Fi、ブルーツース、GPS、赤外線等が搭載されています。この中でモバイル(=ライセンス)とWi-Fi(=アンライセンス)は相互補完的に重要な役割を担っています。
5Gは先に述べたDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進・実行には欠かせないワイヤレス技術であり、IoT、自動運転車、ロボット、ドローンのサービスにおいても不可欠な技術です。
モバイルとWi-Fiのトラヒックの比率は、既にアメリカでも日本においてもWi-Fiの比率がモバイルより高くなっています。更に現在のコロナ禍において、テレワーク・リモートワークやオンライン会議・授業、ギガスクール等によって一気に拡大しました。また、家にいる時間が長くなり、Zoomを使った飲み会や、YouTube・NETFLIX等の動画視聴のために光の先のWi-Fiはますます不可欠なものになりWi-Fiの役割は大きくなっています。
また最近注目を浴びているローカル5Gは、Wi-Fiとキャリアのパブリック5Gでは難しい要素を可能にするワイヤレスシステムとして活用が期待されます。
ここで5G、Wi-Fi、及びローカル5Gの電波免許の有無、干渉調整の必要性、周波数の割当、ビジネスモデルについての比較を図表-2に示します。

 

図表ー2

有限かつ貴重な電波の割当を占有的に受け、混信のないように厳密な干渉調整のもと、サービス開始までに面的エリアを構築する膨大なインフラ設備投資を行うモバイルは大きなリスクを伴うビジネスであり、そのコストの回収は競争原理のもと、ユーザーとの回線契約により回収することになります。
一方、Wi-Fiは自律分散制御により電波を他のユーザーと共有するため周波数の使用効率は落ちますが、干渉調整の必要はなく量販店から購入すれば誰でもすぐに自由に使うことが出来ます。オーナーが、自分のオフィスや家や構内に自らのため、ビジターのためにアクセスポイントを設置しますのでコストはオーナーの受益者負担になります。
ローカル5Gは、モバイルとWi-Fiの弱点を相補うことが可能なこれから更なる市場拡大が見込まれる「プライベートワイヤレスネットワーク」であり、コスト低減、干渉調整の簡素化が問題ですが新たなビジネスとして大きな可能性があると思います。それぞれが相互補完的に役割を担うことによりワイヤレス市場の創出が可能になると思います。

このように5G、Wi-Fi、そしてローカル5Gはそれぞれ相互補完的に役割を担って進化していくと思いますが、図表-3に示すように、モバイルとWi-Fiの各技術方式、つまりモバイルではLTEと5GとBeyond5G、Wi-FiではIEEE802.11ax、ad、ahが相互補完的に利用され、より使い易いエリアとサービスが実現することになるでしょう。

 

図表ー3

図表-4は、モバイルとWi-Fiとローカル5Gと公衆無線LAN・LPWAについて電波免許と公衆・自営の視点からまとめたものです。
長い間、携帯電話がモバイルの世界を牽引し、最近はWi-Fiも重要なワイヤレスシステムになりましたが、この二つで十分ということはなく、今までにない革新的な技術が実現する中で、ローカル5GやLPWA/802.11ahの需要が増大し、市場が拡大していくと考えられます。

 

図表ー4


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