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ビジネス情報
「携帯電話料金問題」で抜け落ちていること

一般社団法人 無線LANビジネス推進連絡会 顧問 小林忠男

 

9月29日の「日経新聞」朝刊トップ「ドコモを完全子会社化 NTT、5Gに総力 携帯料金値下げに備え」には久々に吃驚しました。
翌30日の「読売新聞」も、「NTT、ドコモ完全子会社化 4.2兆円TOBへ 携帯料金下げ検討 ドコモの完全子会社化を契機に携帯電話やWi-Fiなどグループが持つ通信網を融合させた新たなサービスの提供を目指す」とあります。
ドコモ完全子会社化の動きは、菅新首相の強い要請である携帯料金の値下げと日本の5Gサービスが外国にくらべて出遅れていることが根底にあることは間違いないでしょう。
ところで、いつも不思議に思うのですが、携帯料金や5Gが話題になる時に、Wi-Fiと5Gをトータルでとらえた議論や記事をほとんど見かけません。上記の読売の記事には珍しくWi-Fiの記述があり良かったと思いましたが。

そこで今回は、Wi-Fiと、携帯電話料金と5Gを考えてみたいと思います。

携帯電話とWi-Fiを一体で考えるべき

これまでも幾度も書いてきましたが、スマートフォンやパソコンやタブレット等でインターネット接続をする場合のワイヤレス回線はほとんどモバイルかWi-Fiです。今や自宅や会社に加えて、コンビニ、カフェ、空港、ホテルなどはもちろん、地下鉄、飛行機、バス、船の乗り物のなかでも当たり前のようにフリーWi-Fiを使うことが出来ます。
私のWi-Fiとモバイルのデータ通信量(Wi-Fiとモバイルの両方につながるiPhoneと、Wi-Fiのみ接続のiPad)は、
2020年5月~10月(コロナ後)ではWi-Fiは25.5GB、モバイルは1.5GBであり、Wi-Fiとモバイルの比は、17:1でした。
2019年11月~2020年4月(コロナ前)では、Wi-Fiは24GB、モバイルは2.2GBであり、Wi-Fiとモバイルの比は、11:1でした。
圧倒的にWi-Fiの通信量が多くなっています。また、スマートフォンとタブレットに加えてWi-Fiでつながっているパソコンもタブレットと同じ程度使っているため差はもっと大きいでしょう。
2年前に二泊三日のしまなみ海道サイクリングツアーの時の、自宅から羽田からの移動、サイクリング中、ホテル等でのWi-Fiとモバイルの通信量は
Wi-Fi(2797MB)16:1モバイル(176MB)でした。
私の個人のデータだけでは正確ではないので、米国の「Fierce Wireless」の記事「Cellular and Wi-Fi use—by operator and data plan type—for Verizon、 AT&T、 T-Mobile and Sprint、 February 2018」に、Verizon、att、Tmobile、SprintのユーザーのWi-Fiとモバイルのデータ通信量が出ていまるが、それによると各キャリアともWi-Fiのデータ通信量の方が多く、例えばVerizonユーザーの場合は、「Wi-Fi 4: モバイル1」でした。

コロナに関係なく、インターネット接続のWi-Fiとモバイルのデータ通信量を比較すると、現状では断然にWi-Fiの通信量がモバイルよりも多くなっています。
コロナ下で、多くの企業が在宅勤務を行っていますが、Wi-Fiと光回線が今のように普及していなかったら在宅勤務は無理だと思います。
在宅勤務に使う端末/デバイスにはデフォルトでWi-Fiが搭載されており、光回線を契約すれば、端末台数フリー、月額定額通信量フリーで家族全員が使うことが出来ます。面倒な契約の手続きも必要なく端末を増やしたり減らすことも自由に出来ます。

新政権になり、またドコモがNTTの完全子会社になることが決まって、携帯料金値下げの話が連日、マスコミや新聞の話題になっています。
携帯料金が下がることは言うまでもなく、ユーザーにとっては大変有難いことに間違いありません。
ただ、外国に比べて高いからもっと値下げすべきだという乱暴な議論ではなく、日本の携帯電話のモバイル回線やIPネットワーク等のコスト構造が定量的にどうなっているのか、オペレーション、工事、営業等の費用構造、キャリアが展開しているショップの役割、一度聞いただけではほとんど理解できない契約の在り方等を、携帯電話の創業時と現在をきちんと比較検証したうえで、どのような料金水準が適正なのか決めるべきだと思います。

モバイルより通信量が多く、在宅勤務を含めてWi-Fiがなければ生活が出来ない時代になっているにも拘らず、携帯電話料金が高いか安いかがメディアやマスコミの話題になる時に、ほとんどWi-Fiへの言及がありません。これは一体どういうことでしょう。
そこで、モバイルだけでインターネット接続をした場合と、自宅やパブリックのWi-Fiを活用しつつWi-Fiの使えないところではモバイルを使ってインターネット接続する場合を考えてみます。
ドコモの場合、月のデータ利用上限が30GBで5980円/月、100GBで7150円/月になります。
私の月のモバイルの通信量は2GB/月、Wi-Fiはタブレットで約25GBであり、パソコンを合わせると50GBになります。月額の携帯料金は、ギガライトを契約すれば2480円/月、Wi-Fiのための光料金が4000円/月で合計6480円/月になります。
合計の料金はあまり変わりませんが、家族全員が在宅で仕事、学習を行うコロナ禍を考えるとデータ通信料はどんどん増加し、これを携帯電話ですべて対応したら家計への負担はとても大きくなるでしょう。

大手のモバイルキャリアはそれぞれ、相応のコストを使って人の集まるスポットのWi-Fiサービスを基本的には無料で提供していますので、使用できるWi-Fiスポットを5GのテレビCM並みにPRすれば、今の携帯電話料金のままでもっと多くのデータ通信が出来るようになるでしょう。多くのユーザーにとってはLTEだろうがWi-Fiだろうが5Gだろうがきちんとインターネットにつながれば、どのワイヤレスシステムを使っていようと関係ないのですから。
携帯電話料金の適正価格についての議論は進めながら、Wi-Fiとモバイルの一体的活用をもっともっと進めるべきだし、そういう議論を行うべきだと思います。周波数の有効利用の視点からも、モバイルとWi-Fiの周波数全てを有効に活用すれば様々な新たな市場を創出できるかもしれません。
最近、日経新聞電子版では端末がWi-Fiに接続していると目が覚めた時に電子版が自動でダウンロードされる機能が出来ました。素晴らしい機能だと思います。モバイルの通信量の削減になり周波数の有効活用にもなります。

 

日本の5Gの出遅れとWi-Fi

日本の5Gが出遅れていると問題になっています。7月15日の「日経新聞」には、「出遅れ日本 進捗度13位 足りぬ基地局、エリア狭く」とあります。
確かに、公表されているモバイル各社の5Gの使えるエリアを見ると、Wi-Fiと同じスポット的エリアになっており面的には展開されておらず、全国でも数えるほどしかありません。現時点ではWi-Fiスポットのほうがはるかに多いでしょう。
「ITmedia」の佐野正弘氏は、次のように書いています。

例えばドコモの場合、2020年4月末時点で、東京都内で5Gが利用できる場所を確認すると、「オリンピックアクアティクスセンター 」「東京スタジアム」「羽田国際空港」「東京スカイツリー」「渋谷ストリーム」「渋谷スクランブルスクエア」、そしてドコモショップ4店舗と、ドコモのオフィスなどがある「山王パークタワー」など3つのビルのみ。
しかもそれらの場所で通信できるスポットは具体的に明記されており、5G通信ができる場所が非常に限定的である様子がうかがえる。さらに失望を呼んでいるのが、こうした状況がサービス開始直後だけでなく、少なくとも1年は続くとみられていることだ。3社は2020年夏以降の整備を予定しているエリアも公開しているのだが、それらを見てもエリアの広がりは“点”でしかなく、面的にエリアカバーが進む地域はほとんどない様子がうかがえる。
このようなサービス展開状況の中での、5G利用時のドコモ、KDDI、ソフトバンクの主力料金プランは、4G料金プラス500~1000円になっています。そして楽天は、上限なしの4G料金と同じ2980円/月で三社の半額以下の大胆な料金になっています。

ワイヤレスサービスをお客様に有料で提供する場合に事前に準備、実現しなければならないことがいろいろあります。
最も重要なことは、①料金に見合ったお客様が満足するエリアが出来ているか、②基地局だけ出来ても端末がなければサービスを受けることは出来ないので、多様でリーズナブルな価格の端末があるか、③今までにはないワクワクするようなサービス、アプリがあるか、等です。

昔、PHSサービスを開発し、サービス提供したときには、端末を持ってビル街、住宅地を歩き回り、山手線に乗り走行中、停車時にどのくらいつながるかを確認し、屋内にも電波が届いているか不安と期待で胸をどきどきさせながら調べたものです。
お客様に有料でサービスを提供するということは、料金とサービス価値のトレードオフになります。どんなに速度、品質が優れていても通信したい時に通信できなければユーザーは失望し、代替サービスがあればそのサービスに移行します。
経営トップが自らつながり具合を調べ、サービス提供の可否を判断することは最低限の義務だと思いますが、それでもPHSは携帯電話のエリア、料金、端末の多様性に劣りビジネスとして成功しませんでした。
5Gサービスを提供しているキャリアには収益性の高い4Gがバックボーンとしてあるため、改善を加えながら徐々に5Gサービスを拡大し4Gサービスを終了することが可能ですが、PHSビジネスは、PHSだけで、最初に膨大な投資を行い加入者ゼロからサービス開始し、黒字化を達成しなければなりませんでした。
5G端末が少なく、5Gスポットに行かなければ使えないのであれば無料だとしても一般のユーザーは使いたいとは思わないでしょう。
とにかくエリアを拡大することが5G出遅れ挽回の最優先事項だと思いますが、5Gで使う周波数がサブ6と28GHz帯であることが大きなネックになっていると思います。
エリアが狭いと言われるWi-Fiは2.4GHzと5GHz帯の電波を使っていますが、サブ6はWi-Fiの周波数と同じ特性の電波です。さらに28GHz帯は固定通信に使うにも難しいと言われてきた周波数です。
仮に私がモバイル会社のトップで、5Gサービスを全国展開する立場にあったら、サブ6と28GHz帯しか使えないのであれば兆円を超える設備投資をしてサービス展開する決断は出来ないと思います。
期待される性能の5Gサービスを、期待される料金で、全国どこでも提供ることは出来ないと思うからです。
「速くは狭く、遠くは遅い」という電波の特性を変えることは出来ません。
昔から、「アンブレラ方式」というコンセプトがあるように、遠くまで飛ぶ電波を使って面的カバーと高速移動における通信を確保するとともに、高い周波数を使ってトラヒック密度の高いスポットをカバーしていくということが基本でしょう。遠くまで飛ぶ4Gの電波を5Gに使うことはこのコンセプトに合致した適切なエリア展開だと思います。

いよいよAppleの5G対応のiPhoneを販売するとのことです。これは5Gの普及拡大にとって大きな起爆剤になると思います。日本のスマートフォンの約60%はiPhoneと言われています。5Gがスポットでしか使えなくても、5Gスポットに行けばiPhoneで5Gの高速でセキュアな通信を享受することが出来るようになります。HUAWEI、Google、Samsungの低価格のスマートフォンもあわせて販売されます。
4Gと新たな5Gの周波数を使ってエリアを拡大し、端末バリエーションを増やすことがまずは大切だと思います。
また、プライベートネットワークに使えるローカル5Gに多くの民間の事業者が参入することによって、今までには考えつかない独創的なソリューションが生まれ、新たな市場が創出されたらと思います。
(注)AppleがiPhone12の販売を正式に発表しました。残念なことに今回は28GHzのミリ波対応にはなっていないとのことです。5Gの超高速性を体験できるのはまだ先になりそうです。

 

Wi-Fiとモバイルを分けて考えることをやめる

最後に、5Gの議論においても、Wi-Fiと5Gを一体的に考え全体最適をどのように実現するかを語られることは余りありません。
周波数は占有と共有、料金は有料と無料とで、ビジネスモデルが全く違うので同じ土俵で語ることは出来ないという考えもあるかと思いますが、既に書いたようにWi-Fiの通信量の方がモバイルより多く、5Gと同じことがWi-Fiでも可能です。
キャリアが販売するスマートフォンには、Wi-Fiのチップがデフォルトで搭載されています。
そろそろWi-Fiとモバイルを分けて考えることをやめ、Wi-Fiとモバイルの両方が生活の中で必須であるという認識に立って、ユーザーのための全体最適をどのように実現するかをワイヤレスをビジネスにする人たちが真剣に考える時代になったのではないでしょうか。

 


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