目次ページへ

ビジネス情報
最近のワイヤレスの動きとWi-Fi
「自律分散制御」システムはさらに拡大へ

無線LANビジネス推進連絡会顧問 小林忠男

私たちが毎日使っているスマートフォンやタブレットには有線のケーブルを接続するインタフェースがありません。インターネットやクラウドにはワイヤレスでつながっています。

これから本格化するIoT(Internet of Thing)時代においても、私たちが使う端末・デバイスは、ほとんどワイヤレスでネットワークにつながることになります。ドローン、ロボット、自動運転のクルマもすべてワイヤレスがなければ動かすことが出来ません。

ワイヤレスはこれからの時代において必要不可欠な通信手段になるわけですから、新しく出現する装置やシステムに使う周波数をどうするか、その費用対効果はどうなるかの議論が極めて重要となります。

5Gの飛躍的な発展と限界

最近の一番の話題は、世界中で注目されている第5世代ワイヤレス通信(5G)でしょう。
5Gはスマートフォンなどに使われている現在主流のLTE方式と比べ、通信速度は100倍、通信容量は1000倍に高まるとされています。

さらに、車の自動運転に不可欠な通信の遅延時間が極めて短くなるといわれています。2020年の東京オリンピック・パラリンピックには、スポーツ観戦、遠隔操作、防犯や安全運転等に幅広く活用され、これまでにないワイヤレスによる世界が実現するといわれています。

5Gで使われる周波数帯がどの帯域になるかは極めて重要な問題です。3.6GHzから4.2GHz帯が割り当てられるそうですが、この周波数帯は以前固定マイクロ波通信に使われていた周波数で、高速移動しているビルの陰にいる端末に対してワイヤレスで通信をする周波数として最適かどうか私には良く分からないところがあります。

この周波数帯よりはるかに高い28GHzの周波数帯も5Gでは使うそうです。この周波数はミリ波帯と言われる周波数で、固定通信で短距離通信にしか使うことのできず、強い雨が降ると電波が減衰して通信品質に影響を及ぼす周波数帯です。この周波数で5Gのエリア設計をした場合、基地局のエリア半径はどのくらいになるのかよく分かりません。

Wi-Fiが使用している5GHz帯の基地局半径はせいぜい50~100mです。5Gの技術はWi-Fiよりはるかに高いでしょうから何とも言えませんが、現在のiPhoneのような小型軽量で長時間使用可能な端末でサービス開始から色々なことが可能かというと、私の経験から言うと極めて難しいと思います。

周波数が高いと基地局の半径が狭くなるので、アメリカのTモバイルは5Gサービス開始時は600MHz帯を使うそうです。一方、Verizonは5Gの高速通信を実現するために28GHz帯でサービス提供するという記事が出ています。

600MHz帯を使えば一つの基地局で数キロメートルのエリアをつくることが可能でしょう。エリアが広いことはシステム設計上、基地局数が少なくなるので良いことですが、遠くまで電波が届くということはそのエリアに多くのユーザーがいることになります。多くのユーザーがいるということは1ユーザー当たりの通信速度は速くならないということです。

一方、28GHzの周波数を使う場合は、一つの基地局の半径は100mから数100mでしょう。そのため基地局内にいるユーザーは少ないので1ユーザー当たりの通信速度は速くなります。
600MHzの基地局半径を5km、28GHzの基地局半径を0.5kmとすれば半径が10倍違うので、ユーザー密度は100倍違うことになります。また、同じ面積を面的にカバーしようとしたら、28GHz帯の場合、600MHz帯の基地局の100倍の基地局が必要になります。

大都市の人の多いエリアだけ5Gでカバーする方法もありますが、そのエリアからユーザーが出た場合は既存のワイヤレスシステムで同じ性能を提供することが出来るのでしょうか。
基本的に、5Gのように周波数が高くなれば、ミリ波のようになれば一つの基地局は狭くなり、マイクロセルになり、これまでとは桁違いに多い基地局がエリアカバーに屋内外で必要になります。

IoT時代を迎え多様なワイヤレスが必要に

話題が変わりますが、全産業分野で本格的なICT化が始まりました。

「デジタルトランスフォーメーション」ということで、生産性向上、働き方改革のために国を挙げての取り組みが進んでいます。オフィス、学校、病院、ホテル、工場、農場、水産業、等々でAI、IoTと組み合わせたICT化が進んでいます。その時に絶対に必要になるのが「ワイヤレス」です。

学校や病院では、既にWi-Fiを使って、オーナーが自分の目的にあったWi-Fiネットワークをどんどん構築しています。さらに、漁業や農業、工場、自治体ではWi-Fi、LoRa、Sigfox等のLPWAを使って自分に合ったIoTネットワークを構築しようとしています。

これまでのキャリアが提供する既成のワイヤレスサービスではない、自分たちの目的に合った、自分たちのネットワークでしか出来ないワイヤレスネットワークを構築して運用したいという気運と実需が高まって来ています。
キャリアが提供する高品質かつ全国エリアのパブリックサービスに加えて、企業や団体がプライベートなワイヤレスネットワークを構築して運用する時代が近づきつつあるという感じがします。

私たちが使う電波には、キャリアが占有的に割り当てられるライセンスの電波と、Wi-Fiのように誰でもが自由につかえるアンライセンスの電波があります。既に述べたように、パブリックのワイヤレスネットワークとともにプライベートなワイヤレスネットワークへの要求が高まってくるとアンライセンスの周波数を誰もが自由に使えるということは大変重要なことになるでしょうし、新たなワイヤレス産業、ビジネス創出のためにも役立つと思います。

これまで何度も述べてきたように、LTEとWi-Fiは相互補完、パブリックとプライベートなワイヤレスネットワークも相互補完的であり、どちらかがあれば一方は必要でないという時代ではないと思います。

この点、さかのぼってみると、PHSのビジネスモデルは携帯電話の補完ではなく代用品としての位置付けにしてしまったためビジネスとしてうまくいきませんでしたが、これからの多様性の時代には多様なシステムが相互補完的に機能してお客様のために全体最適なサービスを実現し提供することが重要だと思います。
アップル社も米FCCに対して、アンライセンスの周波数の割り当てを増やすことを求めているという海外記事もあります。

これまでのモバイルに加えて、IoT、ドローン、ロボット、つながるクルマ、AIなど必ずワイヤレスが必要になるシステム/サービスが実用化される多様性の時代においては、誰もが自由に電波を使って、多様な端末・デバイスを実現し、様々なネットワークで様々なサービスを提供する方が規制緩和となり、ワイヤレス産業のすそ野と規模がはるかに拡大すると思います。そして、多くのお客様が最も望んでいることをダイレクトに実現できるに違いありません。

自律分散制御と集中制御

ここまで、①5Gへの期待と疑問、②全産業のICT化とともにパブリックに加えプライベートでのワイヤレスネットワークがこれから増えていく、③アンライセンスの周波数割り当てをもっと増やしたほうが市場の拡大につながると、述べてました。

①は周波数が高くなると基地局半径が小さくなり、これまでとは比較にならないほど多くの基地局が必要になる。その時に、様々なエリア/スポットに設置される基地局、アクセスポイントを特定の人が全てきめ細かく監視制御することは極めて難しくなります。

②と③は、これまでは特定の人たちが占有的に電波を使ってきたわけですが、これからは多様の企業や多くの人たちが自分のワイヤレスネットワークを自分の意志で構築運用する時代になると思われます。

この時に、基地局と端末の関係がどうなっているかはとても重要です。「Wi-Fiは自律分散制御、LTEは集中制御」という話を何度か書いてきましたが、これからは自律分散制御が今まで以上に重要になってくるでしょう。
自律分散制御とは、外部からの制御を受けずに独立した個々が自律的に動作することです。
(注:自律とは、他からの支配や助力を受けず、自分の行動を自分の規律に従って正しく規制すること)

Wi-FiやPHSで使われている自律分散制御のシステムは、無線基地局と端末の通信方式で、端末から通信要求があった場合に割り当てられた全体の周波数の中から空いている周波数を自動的に選んで利用します。

自律分散制御に対するのは「集中制御」でLTEなどの携帯電話で採用している方式です。集中制御ではセル(エリア)設計が必要で、周波数は基地局ごとに特定の帯域が割り当てられます。端末から通信要求があった場合、基地局が割り当てられている周波数の中から端末に割り当てられることになります。集中制御は基地局が親で端末は子の関係にあり、すべての端末を基地局が制御します。中央集権と言えるでしょう。

自律分散制御は親と子の関係ではなく、それぞれが自律的に動作して通信を行います。中央集権ではなく、地方分権と言えるかもしれません。

自律分散制御の典型的なシステムがインターネットですし、言ってみれば人間を含む多くの動物も自律分散制御で生きているともいえます。また、ドローン、ロボット、自動運転車等も自律的に動いています。世の中の多様性が増す中で特定の人が全てを制御することは極めて困難で非効率になってしまいますので、自律分散制御的なシステムが増えていくでしょう。

Wi-Fiが示した自律分散制御の価値

誰もが自由にワイヤレスネットワークを構築するプライベートなワイヤレスネットワークでは、集中制御のようにどの周波数を誰がいつ使うかを特定の人が決めるわけにはいきません。そうした権限のない人たちが相談して決めるのは不可能です。どの周波数のどのチャンネルのどのタイムスロットを誰が使うかを特定の人が全て決めるのは困難です。

私はあまり大きくない郊外のマンションに住んでいますが、ほとんどの部屋にWi-Fiのアクセスポイントが設置されていると思います。また、設置されているアクセスポイントが増えたり、突然新型に更改されたり、使用をやめてしまう場合が度々、あると思います。

この場合、更改には理事長の許可が必要とか、どのチャンネルを使うかは相談が必要ということには決してなりません。インターネットのように自分のネットワークだけを責任もって管理運用し、世界中との接続はTCP/IPのデファクトスタンダードのプロトコルによって実現されているように、Wi-Fiは802.11によって決められた自律分散制御のルールによって、効率性には問題がありますが誰もが自由に使えるようになっています。

唯一のデファクトスタンダードであるWi-Fiにおける、この自律分散制御は、これからのワイヤレス新時代において、インターネットと匹敵する価値のあるものだと思います。

Wi-Fiには、セキュリティ、接続の簡素化、干渉等の色々な問題があります。既に社会基盤になった今、他のワイヤレスシステムにはない特長をもったWi-Fiの市場をますます拡大していくために業界をあげて、この問題にもっと真剣に取り組まなければなりません。


目次ページへ

■Wi-Biz通信(メールマガジン)の登録はこちら