電波の話
PHSとWi-Fi 、電波特性をビジネスに活かす

無線LANビジネス推進連絡会会長 小林 忠男

札幌を訪ねてPHSを振り返る

10月27日、札幌市で無線LANビジネス推進連絡会の第13回総会が開催されましたので久しぶりに札幌の地を訪れました。
札幌駅前の風景はすっかり変わってしまい、24年前の面影はほとんどなくなってしまいましたが、私は当時の駅前の電話ボックスのことをはっきりと想いだすことが出来ました。

24年前の1993年10月5日から半年間、NTT、DDI、東京電力の3グループがPHS(パーソナル・ハンディ・ホンシステム)の商用化のため札幌でフィールド試験を実施しましたが、私は試験中に発生した様々な課題に対応するためと、行政・通信業界はじめ多くの見学者の案内のため、雪の降る札幌と東京を半年間で30回も往復したからです。

札幌のフィールド試験の結果を踏まえ、PHSは上記の3グループにより1995年7月からサービスを開始するわけですが、残念ながら私が会社設立に携わったNTTパーソナルの事業は軌道に乗りませんでした。3年後の1998年12月にNTTドコモに統合されることになりました。

私はPHSの仕事がなくなり、横須賀のワイヤレス研究所に転勤になりました。
そこではじめて無線LANというものを目にし、この高速性を使えばPHSで出来なかったブロードバンド環境を実現することが出来るかもしれないと直感しました。

そして、いろいろなプロセスを経て2002年7月に無線LAN専業のNTTブロードバンドプラットフォーム(NTT BP)の社長になり、Wi-Fiビジネスに携わることになりました。
PHSのNTTパーソナルは3年でなくなりましたが、幸いにもNTT BPは設立15年経過し成長を続けています。

NTTパーソナルのPHSは、電波が遠くまで届かないために携帯電話に比べて不感地が多いということが事業不振の最大の原因でした。
そのPHSよりもさらに電波の届く距離が短いWi-FiはPHSの二の舞になりはしないかと、正直、社長になったものの常に心配でした。

ビジネスに「たられば」ないのですが、私が携わったPHSの会社は3年でなくなり、Wi-Fiの会社は15年も続いている、その理由を考えてみました。

Wi-FiとPHSとの比較 6ポイント

私は、6つの要因があるのではないかと考えています。

(1) Wi-Fiはスポットなのでモバイル(携帯電話)のような面的エリア展開は行わない

PHSは、携帯電話と同じ土俵で、携帯電話と同じように面的にエリア展開を行おうと考えました。
しかしPHSの電波は携帯電話に比べて周波数的に届く距離が短く、どうしても屋外屋内とも携帯電話のエリアにはかなわず不感地が多く発生しました。

そこで、Wi-Fiのビジネスを始める時には、PHSと同じ轍を踏まないということを自ら肝に銘じていました。Wi-Fiで利用する2.4GHz、5GHzの電波は性格上、携帯電話ほど遠くには飛ばないので、人の集まるスポットに徹し面的なエリア展開は絶対に考えないと決めていました。

(2)PHSは日本だけのシステムだが、Wi-Fiは世界のデファクト・スタンダード

PHSは日本だけでなく中国でも台湾でも商用サービスとして提供されましたが長続きせず、世界中で採用されることはありませんでした。

Wi-FiはIEEE802.11グループやWi-Fi Allianceの精力的かつ戦略的な取り組みによって実質的に無線LANの唯一のデファクト・スタンダードになり、世界中で、生活にビジネスになくてはならないものに成長しています。

モバイル(携帯電話)の世界とは違い、Wi-Fi Allianceが認証したWi-Fi機器は世界中で新旧のバージョンに関係なく使うことが出来ます。電気のプラグが今でも国によって規格が異なる状況にあることを考えると、これはとんでもなく凄いことでWi-Fiが世界中で使われる理由がよく理解できると思います。

IEEE802.11グループとWi-Fi Allianceが現在のWi-Fiの普及拡大に果たした役割は極めて大きいと思います。

(3)世の中はワイヤレスでブロードバンド時代へ

今の若い人たちにはほとんどなじみのない、電話線(ケーブル)の先につながった黒電話機がケーブルに縛られないコードレス電話機に進化し、次いで誰もが携帯電話端末を持つようになったことで、「通信はケーブルのつながった端末ではなくワイヤレスの方が比べようもなく便利」というパーソナル通信の時代になりました。

やり取りする情報は、最初は音声・文字中心でしたが、ADSLや光ファイバの普及とともにインターネットはブロードバンドの時代に突入し、またYouTubeやFacebookの登場によりワイヤレスの世界においても情報量の多い写真、ビデオを送り合うことが普通になってきました。

モバイルにおいてもW-CDMAからLTEへと高速化が図られてきましたが、料金に関係なく品質の良い写真、動画を世界のどこでも楽しみたいという要望に対してWi-Fiは最適なワイヤレスメディアと言えます。

(4)AppleのジョブスがiPhoneにWi-Fiをデフォルトで搭載

PHSは携帯電話と同じ土俵で勝負したと書きましたが、実はiPhoneは最初からモバイル(携帯電話)にもWi-Fiにもつながりました。

スマートフォンでは、モバイルとWi-Fiは競合ではなく相互補完の関係になっています。PHSの時のように、携帯とPHSが代用の関係にあって携帯があればPHSはなくても構わないという関係ではなく、高速のWi-Fiが使えるスポットではWi-Fiを使い、Wi-Fiが使えないところでは携帯を使うという補完関係になっています。

モバイルにもWi-Fiにも自由につながりたいという顧客の目線からの商品開発があったからこそ今のWi-Fiの時代が来たのだと思います。

(5)Facebook 、Apple、Google、AmazonなどOTTはWi-Fiの本質と可能性を理解しビジネスに活用している

「FANG」などと呼ばれるOTT(オーバーザトップ)は、それぞれのビジネスがあまりにも大きくなったためにその独占性が各国で議論されていますが、これらの企業は日本の同業企業に比べるとWi-Fiが本質的に持っているポテンシャルを理解して、自分のビジネスに巧みに活用していると思います。

インターネットの時代になりモバイルが生活に必須となり、ブロードバンドの時代になりグローバルに情報をやり取りするようになり、デジタル化が進み誰でもハイエンド商品を製造販売できる時代になり顧客と市場の関係が圧倒的に短くなっています。
こういう新たな時代の動向をいち早く先読みしビジネスを進めていくという点において、彼らはWi-Fiの可能性を実に巧みに活用していると思います。

モバイルが進化して低廉な料金でどんな情報でもやり取りする時代が来るでしょうが、現時点でブロードバンド環境を実現し新たな市場を創出するための伝送手段はWi-Fiが最も手軽で安く優れているでしょう。

たとえば、家庭にある冷蔵庫や洗濯機につけた「ダッシュボタン」を押せば、そのまま洗剤や食品が発注出来るようになりますが、それには今のところLTEではなくWi-Fiが選ばれています。

また、AIスピーカーが本格的なブームになりつつありますが、AIスピーカーも機能を果たすためにはクラウドにつながることが必要ですが、ここでもWi-Fiが選ばれているのです。

OTTの企業は「Wi-Fi」を声高には言いませんが、先駆的に投入する商品・サービスの裏には必ずWi-Fiがあるのです。

(6)Wi-Fiはアンライセンスなので誰でも使える

実は、PHSには公衆通信用のライセンスバンドと家庭・企業で使用可能な誰でも使えるアンライセンスバンドが割り当てられています。
これはとても良い電波の使い方であり、家や企業や施設などの基地局設備はそれぞれのオーナーが負担し、ユーザーは同じ端末を家や企業から外に出る時は公衆通信または他の自営基地局に接続し通信を行うことが出来ます。

Wi-FiもPHSと同じようにアンライセンスで誰でもが自由に使えます。
ワイヤレスが生活に必須なものになりIoTを含めてすべての人とモノがワイヤレスでつながる時代においては、色々な人が自由にワイヤレスネットワークを構築できるアンライセンスバンドは大変有用ではないでしょうか。

OTTが時代の流れを先読みして新たな市場を創出したように誰でも使えるアンライセンスバンドはワイヤレス新時代の市場を創出する基点になるかもしれません。
PHSとWi-Fiとの異なる点はWi-Fiは端末がデファクト・スタンダードで世界中どこでも使えるということです。これがPHSとWi-Fiのビジネス普及拡大に大きな影響を与えたのでしょう。

ワイヤレス新時代は多様化の時代

私個人の経験に基づいてPHSとWi-Fiのビジネスの違いを述べました。

IoT時代を迎えて、5Gの準備が急がれています。このワイヤレス新時代では、5Gだけではなく、LoRa、SIGFOX、NB-IoTなど様々なタイプのLPWAが登場しています。
また、こうしたなかで、Wi-Fiの役割が改めて注目されています。ブロードバンドIoTという言葉も出てきています。

私は、PHSとWi-Fiの経験から言っても、ある単一のモバイル/ワイヤレスシステムですべてのニーズを満たすことはできず、やはり技術革新とニーズ変化のなかで、それぞれ特徴を持った技術を活かし、多様なサービスの展開とその切磋琢磨こそが新しい市場を切り開いていくのではないかと確信しています。

PHSは自らの特性を生かすのではなくモバイル(携帯電話)に似せようとして事業不振に陥ってしまいました。この教訓からWi-Fiは自らの特徴を強みとして生かすことができたのだと思います。
基点にすべきは顧客の多様なニーズであり、それに応えることこそがお客様の満足を獲得し新たな市場を創ることになるのだと思います。

なお、日本のすべてのPHS事業がうまく行かなかったわけではありません。
DDIポケットが提供したPHSサービスはウィルコムを経てソフトバンクグループが今も継続提供していますが、独自の戦略によりマンションの屋上や電力柱など高い鉄塔に多くの基地局を設置して一つのエリアを広くする戦略で顧客ニーズに応えてきました。


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