特別インタビュー
富士通 執行役員専務 CTO デジタルサービス部門長 香川 進吾氏

全産業で進むデジタル・イノベーション
基点となる「つなげる」に不可欠なWi-Fi

香川 進吾氏

富士通で執行役員専務CTOを務めデジタルサービス部門長を統括する香川進吾氏に、IoT、AI、ビッグデータで大きく変わるICT業界の展望を尋ねた。

香川氏は、デジタル・イノベーションによってデータ活用というものが企業の死命を制するようになっていることを述べ、IoT時代においてはすべてはデータを集めるところから始まるという意味で、「つながる/つなげる」というところを受け持つWi-Fiの重要性がますます高まると強調した。

 

具体的に進むIoT、AI、ビッグデータの取り組み

――IoT、AI、ビッグデータなど新しいテクノロジーが台頭し、ICT業界はもちろんあらゆる分野で新たなビジネスの登場や産業革新の動きが進んでいます。

香川専務 全世界的にデジタル・イノベーションとか、デジタル・トランスフォーメーションということが言われています。産業のデジタル革新ということが我が国の大きな課題となっています。

弊社でも、従来の業務効率性を求めるSOR(System of Record)から顧客価値を重視するSOE(System of Engagement)へと、新たな取り組みを進めております。

これまでの企業の情報システム/イントラネットは生産性向上/品質を重視するものでしたが、これからはサービスやプロダクトを提供しつつ同時に顧客の評価を高めエンゲージメントという新たな価値を作り出すものでなければなりません。

そのためには、IoT、AIなどを活用しスピード/柔軟性を重視しなければなりません。ここでのポイントは、データ収集と分析、その価値への転換です。

 

――それは、IoTが目指しているものであり、IoTで初めて可能となるデータサイクルの実現ですね。

香川専務 その通りです。デジタル・イノベーションを使って、ダイレクトに顧客とのリンケージをつくり、顧客がどういうものを求め、どういうものに価値を感じているかをつかまなくてはなりません。
IoT、AI、ビッグデータを使って、これまで気が付かなかったものを把握し、新たな価値を顧客に提供しなければなりません。

そして、従来の情報システムにおいても、一層の効率化/自動化を実現しなくてはなりません。それで、もっともっと生産性を高めることが可能となります。その代表的なテクノロジーがIoT、AI、ビッグデータなのです。

 

――実現に向けて、具体的には、どういう形で進んでいるのでしょうか。

香川専務 たとえばIoTですと、工場の内部がどうなっているのか、どこに問題があるのか、ラインがなぜ止まっているのかということが、これまではベテランの勘に頼っていたのをセンサで一元管理し、ラインの停止を無くす、回転率を上げていくということを実現できるようになります。

それは「インダストリー4.0」そのものなわけで、弊社はインテル、マイクロソフトなどともパートナーシップを組んでエコシステムを作り、もう100社以上と一緒に取り組んでいます。

さらに、「ヒューマンセントリックIoT」というプラットフォームサービスを提供し、1社だけではジャストフィットしない分野もパートナーと組んで中小企業から大企業まで対応できるよう、工場の製造設備をコントロールするOT(Operational Technology)とITをつないで、活用を進めています。

AIも、「ヒューマンセントレックAI」という概念でAIプラットフォーム「Zinrai」を提供し、様々な分野で活用しています。たとえば、コールセンターで自動応答するとか、そこで集まったデータをうまく活用してユーザーに分かりやすい回答(スクリプト)に仕上げていくとか、コールセンター業務そのものをオートメーション化する取り組みです。

見守りサービスもニーズが高く、高齢者向けにもAIを使うことで、蓄積データとリアルタイムデータを絡めて、今この人はどういう状況にあるのか、事故が起きないように注意し、安全に生活してもらうような仕組みができて、利用されています。

さらに、分かりやすい例でいうと、屋外の工事現場で働いている人に対して、夏の暑い時に熱中症にならないよう予防するため、ウェアラブルで一人一人のデータを集めて、注意を促したり、水分の補給を促すとかを、従来は2時間置きに定期的にやっていたものを、その人のリアルな状況に合わせてジャストフィットした対応が可能になっています。

 

――さまざまな分野で、IoT、AIの具体的な取り組みが進んでいますね。

香川専務 川崎市が進めている、子育て、防災に関する市民向け情報サービスは、非常に分かりやすく、斬新な事例ではないでしょうか。

昨年4月開始以降、すでに「かわさきアプリ」が3万6000ダウンロードされており、市民に向けた情報を利用者の位置情報と組み合わせてスマートフォンの地図上に提供できます。

たとえば、子育てアプリで、こどもがどこで遊べるのか、どこが安全なのか、おむつを替えられる施設はどこか、また子育て関連のイベントなどを地図上にきめ細かく表示できますから、利用者は身近な施設をリアルタイムで把握できます。
さらに、防災に関する避難所やハザードマップなどの情報もタイムリーに提供しています。

川崎市は、市民のアプリ利用でログが集まり、どの施設がよく利用されているのかどういう利用状況なのかを分析し、市民のニーズや行動様式を知り、どんな不満があるのかが分かるので、市民にとっての価値を考えて最適なものに変更したり制御したりすることが可能になります。

かわさきアプリで市民ひとりひとりに最適な情報を提供することで、市民と行政がつながっているばかりか、住民にフィードバックし、サービスの価値を高めていく、これはまさに価値提供サイクルだと思います。
これを支えているシステムを富士通は「MetaArc」と呼んでいて、メタはギリシャ語で「超える」、アークは「つなぐ」という意味で、空間・時間を超えてデータをつなぎ価値を生み出すという概念です。

この統合プラットフォームには、IoT、アナリティクス、AI、モバイル、クラウド、セキュリティなどの技術を集積しています。コンセプトは、まさに「つながる/つなげる」「集める」「分析する」「価値に変換する」「最適に制御する」というIoTのコンセプトです。

 

――川崎市もデジタル・イノベーションによる新しい取り組みですね、ポイントは何でしょうか。

香川専務 川崎市の場合、アプリということが大事です。アプリとはすなわちスマートデバイスです。デバイスとなるとつなぐということが必須で、Wi-FiとかLTEとか5Gということが必要になる。そして、いざという時につながらないといけない、そこが重要です。携帯電話だけで大丈夫か、やはりWi-Fiというものが必要になります。人とサービスとの接点はスマートデバイスです。携帯電話だけモバイルだけでは足りない。やはり「LTE+Wi-Fi」ではないでしょうか。

「データ」は第四の経済資源

――デジタル・トランスフォーメーションという新しい波は、何がこれまでと異なるのでしょうか。

香川専務 アメリカはデジタル・トランスフォーメーションが進んでいます。利用者とのエンゲージメントをしっかりできていないと、企業が顧客に提供するものが飽きられてしまいます。価値が落ちてしまいます。「商品はユーザーが定義している」という考えがアメリカの場合、行きわたっているのでしょう。

しかし、まだ日本ではイントラの効率化とか自動化が問題になっているレベルです。利用者のエンゲージメントまで話がいっていません。これからは「企業」「サービス」「顧客」「価値」「エンゲージメント」、これが基本サイクルで、キーワードは「エンゲージメント」ではないでしょうか。

ビジネスモデル論からいうと、「持たざる経営」ということが主流になってきました。これまでは、「人」「モノ」「金」の三大経営資源を持っていないと企業経営はできなかった。ところが、それを沢山持っている大企業の特権のようなものが崩れ、むしろそこは借りればよいという風になってきました。

むしろ、経営資源そのものを持たなくても、ベンチャーとかスタートアップが優れたテクノロジーでよい商品・サービスを出し、一気にブレークするようになっていった。特にICTではIT資産を抱えなくても、スマートデバイスが広がってワイヤレスが普及するなかで、簡単にユーザーにリーチできるようになってきました。
「BtoC」から始まったものが「BtoBtoC」という形で、ICTは所有しないで利用するという風になってきました。

 

――大きい企業が強いという時代ではなくなってきた。

香川専務 そうです。大企業がむしろ疲弊しているという流れはそこにあるわけです。しかも、この流れはボーダレスで、一気にグローバル化しています。

今、起きているのはシェアリングエコノミーサービスです。コンシューマーとコンシューマーがつながってくる。ユーザーに対して商品というもので価値を出そうとしていたのに、そもそもその商品を持たないプレイヤーが現れてきました。

民泊のAirbnb、配車のUberとかは、商品を持っていません。コンシューマーが持っているモノの遊休状態を把握して、マッチングに持って行っている。シェアリングエコノミーとはマッチングサービスですね。

ここで重要なのは、何時から何時までは遊休だというデータ、この人は何時から何時まで利用したいというデータ、このデータが経営資源になっている。これを持たない限り、経営は成り立たなくなっているということだと思います。「データ」が第四の経営資源です。

そのデータをどうやって収集し利活用かするのかということが、国を挙げて取り組まなくてはならない大きなテーマになっています。

今、どの企業も一生懸命データを集めようとしています。一社ではできないので、我々のようにプラットフォームを提供するところに入るデータを、いろんなプレイヤーが集まって、他社のものも組み合わせて、それを利用してビッグデータにして、第四の経営資源を豊かにしていくこと、そして価値を出していくこと、そういう時代になっているのではないかと考えています。

 

――香川専務の所管している「デジタルサービス部門」というのは、MetaArcという概念でプラットフォームを提供して、あらゆるデータを集め価値のあるものに変換するという仕事ですね。

香川専務 そこがエッセンスです。データがすべての鍵です。それが実現できるのは「ラストXマイル」といわれてきたワイヤレスのところが進展してリーズナブルな価格になったからです。だからこそ、スマートデバイスが生きるのです。こうしてIoTのビジネスができるようになったのです。

 

――ワイヤレス化が進むなかで、通信(コミュニケーション)のパーソナル化ということが言われましたが、それがさらにデバイスベース、モジュールベースにまで進んでいます。そして、IoT、ビッグデータ時代になっているわけです。そういう大きなテクノロジーの変化でパラダイム転換が起きていますね。

香川専務 この転換に、例外はないと思います。全業種で起きてくると思います。銀行もそうです。ブロックチェーンなどという技術が生まれてくると、銀行というお金を扱う業態が変わってきます。これまでは与信というものが銀行のベースだったわけですが、今後はお金を扱う前提というものが変わってしまうのではないかと考えています。

我々一人一人がつながることで信頼性が担保できるので、胴元というものが要らなくなる。シェアリングエコノミーというものは、胴元が要らなくなるサービスですね。ブロックチェーンがあれば胴元はいらなくなってしまいます。

大きな転換期を迎えていることは確かですね。店舗でスマートフォン決済が行きわたると、従来型のレジシステムは要らなくなってしまいます。コンビニで人手が足りないとか、24時間営業は難しいとなると、無人店舗でいいではないかということになるでしょう。

誰がいつ来て、何を買ったかということがすべて分かって、スマートフォンで決済できれば、ものを買って出ていくまでにすべて終わってしまいます。そういう世界がいつかはまだ分かりませんが来ることになると、そういうことを考えて自分たちの業態やバリューを考えていかないと、いつのまにか作っていた商品は売れなくなり、要らなくなりますということになってしまいます。

 

――すると「モノの経済」から「データの経済」に移行します。モノとデータが付着した新しい経済の時代ですね。

香川専務 そういう時代に移行していると思います。
ただ、データを集めても、それだけですぐマネタイズされるわけではありません。そのイグジットを巡って競争が起きているわけです。

デジタル化で見える化ができる。しかも、とてもリーズナブルな実現方法でできるようになった。IoTで小さく安くあらゆるものがデジタル化され、全部見える化ができるようになっている。それをどのようにして価値に変えていくか、新しい競争の時代が始まっています。

Wi-FiとWi-Bizへの期待

――無線LANビジネス推進連絡会はWi-Fiの一層の利活用に向けて、政府の協力とともに、IoT、地方創生、2020などにも積極的に取り組んでいます。

香川専務 先ほどもいいましたように、このIoT/ビッグデータ時代には、Wi-Fiの役割はこれまで以上に大きくなると思っています。

データの精度が高まるほど、マネタイズに近づきます。それには、「つながる/つなげる」のところでWi-Fiの役目は極めて大きいと確信しています。

Wi-Fiがすぐれているのは、携帯電話/モバイルと違って自由に迅速に最適なシステムが組めること。それは圧倒的なアドバンテージです。

反面、トータルでの管理者がいませんから、悪くいうとバラバラになってしまいます。Wi-Fi提供者は複数居て、場所場所で提供されています。そろそろ統合ポータルが必要ではないでしょうか。一度ログインすると、全部つながるというようになると便利ではないでしょうか。

Japan Connected-free Wi-Fiのように、空港で一度エントリーすると、どこでもワンアクションでつながっていくのが大事です。川崎市でも、あちこちでWi-Fiが提供されていて便利なのですが、運用がバラバラで不便な面もあります。たとえば「かわさきWi-Fi」で一度登録すれば市内、どこでも統一して使えるようになると市民の方も便利でしょう。

そういう点をうまくカバーするよう、Wi-Bizに推進してもらえるとユーザーは喜ぶことでしょう。是非、政府と協力してやっていただければと思っています。


目次へ

■Wi-Biz通信(メールマガジン)の登録はこちら