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海外情報
Wi-Fi機能を持つキオスク端末「LinkNYC」に見る
デジタルデバイド解消への期待

株式会社グローバルサイト 代表取締役
セキュア公衆無線LANローミング研究会(NGHSIG/Cityroam) 副幹事
山口 潤

日本においては比較的安価かつ簡便にセルラーネットワークの恩恵を受けることができます。一方で途上国を中心に未だインターネットへの接続がままならない方々がいることも現実としてあります。
また、途上国だけでなく、先進国の中でも、行政サービスや民間サポートがインターネットを通じて行われるようになり、インターネットへのアクセス性により、より教育や就業の機会に差が生じています。
海外ではその解消の一つの手段として、Wi-Fiに期待を寄せる声もまだ多く聞かれます。今回はニューヨーク市のデジタルデバイド解決の手段として構想された、公衆無線LAN機能を持つキオスク端末「LinkNYC」に絡む動きを覗いてみたいと思います。

インターネットアクセスの権利

2003年にITUの呼びかけのもと、国連の主催で「世界情報社会サミット(WSIS)」が開催され、「情報社会が提供する利益から誰も除外されるべきではありません」という文言が盛り込まれました。
その後も、国連人権委員会においては、拘束力がない形ではありますが、インターネットアクセスに関する決議を行っており、COVID19下に新たに行われた2021年の決議においても各国に対して手頃で信頼できる接続を促進するよう求めています。

このような動きから、インターネットへのアクセスを新たな権利として捉え、いくつかの国においては、ユニバーサルサービス、もしくはそれに近しいものとして、あらゆる人が利用できるように努力することを国家に求める法律の制定や宣言が行われてきました。
ニューヨーク市においても、インターネットマスタープランの冒頭で「すべてのニューヨーカーは、手頃な価格の高速インターネットにアクセスする資格がある」と制定当時の市長の署名のもと、記されています。

LinkNYCの役割

ニューヨークのLinkNYCは街中の電話ボックスをギガビットのネットワークに接続したデジタルキオスクに置き換えるプロジェクトです。
デジタルサイネージの他に、緊急サービスへの通報や行政サービスへのワンタッチ接続、USB接続での充電機能、国内無料VoIPサービス、そして公衆無線LANとタブレットの機能が備わっています。その運営費はデジタルサイネージへの広告掲載で賄われるというビジネスモデルです。

一見、デザインが優れていることもあり華々しく見えるLinkNYCですが、この設置目的にデジタルデバイドの解消があります。この構想が始まった時点では、ニューヨーク市民の25%が家にインターネット環境が無く、さらにその32%が失業者でした。そのような状況下、市内各所に置かれた電話ボックスを置き換えるLinkNYCのキオスク端末は、インターネット環境が無い世帯からのインターネットアクセス確保という目的がありました。

実際に設置された端末において、行政サービスアプリで多く検索される単語が「仕事」「住宅」「公的給付金」、地図アプリにて検索キーワードとして多かったのはホームレスを対象として食料や衣服を提供する団体の名称、電話先として最も多かったのが州によって配布される困窮者向けの電子給付カードのヘルプデスクだったということで、インターネットへのアクセスが難しい方に使われていることがわかります。

 

同型の機材を使うイギリスでのプロジェクト InLinkUKの機材。
InLinkUKは2019年に破綻し、BTによるStreet Hubsとして再スタートした

 

 

LinkNYCの現状と新たな動き

事例を見るとLinkNYCの設置にライフラインとして機能しているように思われますが、実際に格差是正に至ったかというと、現状ではその効果には疑問があります。
設置計画は遅れ、設置個所も世帯収入が多いマンハッタン区に偏り、周辺区への設置が進んでいません。ブロンクスコミュニティ財団の資料によると、ブロンクス区では38%がブロードバンドへのアクセスができないということで、未だ居住地域による格差が存在しています。
ユーザー側にも予想外の問題が発生しました。スマートフォン等を充電するための長時間にわたる占有やポルノサイトの閲覧が問題となり、結果としてブラウジング機能の提供は早々に終了しています。

また、経営においても問題が発生しました。LinkNYCのビジネスモデルは広告収入による運営ですが、その収益についても予測を大幅に下回り、2019年にはニューヨーク市への支払いが滞り、2020年には議会において契約終了も議論されました。その後、ニューヨーク市との間で支払料率などの契約変更が行われ、市は引き続きこのプロジェクトを支援しています。

昨年6月に、官民協力のもと高齢者センター内にブロンクスギガビットセンターが開設されました。施設にはLinkNYCによるWi-Fiが引き込まれ、ノートパソコンやワークステーションの利用や技術トレーニング、デジタルデバイドの解消に役立つセミナーなどが行われます。
地元電力会社により高齢者向けにタブレットの支給の助成やオンライン医療を受ける方法を学ぶセミナーなども開催されています。ギガビットセンターは各区に1つ設置される予定です。

また、キオスクでも新型機材の投入が始まりました。この機材は従来の機能に加えて10m弱の5G用アンテナが備わっています。キオスクには5キャリア分のノードが搭載可能であり、LinkNYCとしては基地局をセルラーキャリアへの貸し出すことで予測を下回った広告収入を補いたいと考えています。これにより有料サービスの5Gと無料Wi-Fiを備えたキオスクを2026年までに4,000台投入まで拡大する予定です。

 

Passpointに対応したデバイスでは、プロファイルをダウンロードすることで、
IEEE802.1X認証を使用したセキュアな接続が可能

 


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