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ヤマハ株式会社
音響事業本部 コミュニケーション事業部
マーケティング&セールス部 部長 瀬尾 達也 氏
顧客の現場を支えるワイヤレスの品質を重視
Wi-Fiの新たな活用可能性を開拓していきたい

 

ヤマハは静岡県浜松市に本社を置く楽器、音響機器、ゴルフ用品、半導体などのメーカーとして知られていますが、ネットワーク機器分野でも独自の存在感を示し、安定した事業を続けています。Wi-Fiを中心とするネットワーク機器事業の取組みについて、瀬尾部長に尋ねました。

 

 

新たな価値創造へ重視されるネットワーク技術

–ヤマハにおけるネットワーク機器事業部門の位置付け、ミッションを教えてください。

瀬尾 ヤマハのネットワーク機器事業は、1995年に最初の製品を発売してから28年が経ちました。ISDNの開始とインターネット普及という波に乗り、その後も時代の変化に対応することで事業を拡大してきました。今や特にビジネス用途のさまざまな場面でヤマハのネットワーク製品をご利用いただいています。
ヤマハの「中期経営計画」は3カ年計画で、今年度はMAKE WAVES 2.0と位置付けている最初の年です。

 

 

技術と感性を合わせ持つヤマハにとって、環境変化がもたらす新たな社会は更なるチャンスととらえておりまして、「事業基盤をより強くする」「サステナビリティを価値の源泉に」「ともに働く仲間の活力最大化」の3つの方針を掲げています。

 

 

特に事業基盤を強くするために新しい価値を創出していこうと、ここで製品・サービスを生み出すために、AI技術とともに基盤技術のひとつとしてネットワーク技術を位置付けています。

 

 

我々のネットワーク機器・サービスの事業は、それをダイレクトに事業で具現化しますし、加えて他の事業部の価値創造を牽引する役割を担う位置付けです。
中長期的な視点で見ると、例えばこれまでアナログ電話がIP電話に変わり、カメラもIPカメラ・ネットワークカメラに変わってきました。音・音楽の世界も同様にネットワーク化が進んでいます。アプリケーションレイヤから見たときのネットワークの重要性は非常に高まっていると考えています。今、こういった変化を我々はチャンスと捉えています。感性を持つ会社として、音楽、エンターテインメントの世界も非常に強いというところでチャンスだと。

–ヤマハにとっても非常に大きな位置付けですね。ヤマハのネットワーク製品はどういう成長経路をたどってきたのですか。

瀬尾 「RT100i」というISDNのリモートルーターからスタートしています。これは音の信号処理のプロセッシングの半導体がありまして、そのDSPを通信にも転用できないかということで、ISDNのLSIからスタートしました。

–ISDNは当時1つの新しい夜明けとして考えられていましたから、いろいろな企業がこの分野に参入し、日本全体が活性化していましたね。

瀬尾 そうですね。それが発端ですね。そこからルーター事業を拡大し、2011年にスイッチ分野に参入し、無線LANアクセスポイントを出したのが2013年です。

–Wi-Fiは歴史が比較的新しいですね。

瀬尾 はい。ルーター製品では当時から非常に高い評価いただいていたのですが、お客様に伺うと、管理者が不在の遠隔地のネットワークのLANの中のトラブルや監視に困っているという話を非常に多くお聞きしておりました。「それならば」ということで、ルーター経由で遠隔地からLANの内側を管理・監視でき、トラブルがあっても何が起きているか分かる、すぐに直せる、そういうコンセプトでLAN製品を手掛けてきました。

 

 

–ネットワーク製品は、好調のようですね。
瀬尾 おかげさまで出荷台数は累計で480万台、SOHOルーター市場ではシェア1位を18年連続でいただいています。主にビジネス用途で、レストランチェーンやドラックストア、コンビニエンスストアなどのチェーンストアではデファクト的にお使いいただいています。それに企業の拠点、全国展開されている拠点とリモートネットワーク、そうしたところで非常に多くお使いいただいています。

 

 

 

コロナ禍を乗り越え成長続く

–2023年はコロナ禍は4年目を迎えようやく先が見えつつありますが、ウクライナ情勢と国際緊張、部品供給問題と物価上昇など多くの課題を抱えています。影響はいがでしょうか。

瀬尾 社内には様々なビジネスユニットがあるので、コロナ禍は多様な影響がありました。例えば楽器でいえばエントリーモデルが巣ごもり需要で伸びるといったことがありました。ネットワーク事業では、例えばリモートアクセス、リモートワークの必要性が急激に高まったので、VPNクライアントソフトの販売が伸びました。もちろんルーター自体の需要も増えましたし、USBタイプのマイクスピーカーフォンも非常に需要がありました。
一方で、プロオーディオのミキシングコンソールなどイベントで使われる製品、学校で使われる吹奏楽用の楽器、そういったものは波がありました。今はコンサートやイベントも復活してきています。また、遠隔会議システムも個人が使うものから、オフィスの設備的な遠隔会議システムに需要がシフトしている、そういう変化があります。
我々の生産・供給もほぼ復活しています。ただ、一部の部品でまだ大変なところがあるのでご迷惑をお掛けしているところもありますが、納期に若干余裕を見ていただければ、お納めできる形になっています。影響はありますが、今年を通じてその影響は軽微になっていくと考えています。

–やはり様々な影響を受けているわけですね。どういう年になると展望していますか。

瀬尾 全体で見れば次第に改善の傾向と考えています。ただ、影響が非常に大きかったので、世の中が従来の定常成長の状態に戻るまでに多少の時間がかかるかとは思います。さまざまなシーンで皆さんが努力されているので、必ず上向きに向かうであろうと考えています。
先日発表しました第3四半期決算で、ネットワーク事業部門を含む音響事業本部では、国内市場でいうと為替差額を除いても107%成長、ICTの事業カテゴリだけで見ても前年比115%成長、これから伸びるであろうと考えています。

 

 

需要の変動はいろいろとありましたが、特にネットワークのところは、DXの波を非常に受けて需要も堅調です。

 

DX推進へ3つの取り組み

–変動期を迎え、日本では企業・自治体・社会にDX推進が求められています。御社としてはDXへの提案にどういう取り組みをされていますか。

瀬尾 さまざまなお客様を回りお話をさせていただいて、皆さんの共通認識かもしれませんが、「国内の企業のDXはまだまだこれから」ということです。国内企業は、先行きの不透明感や物価上昇で消費マインドが冷え込むことがあるかもしれませんが、やはりDXをやらなければいけないという認識を皆さん、お持ちだと思います。しかも、DXをやる上でネットワークがインフラとして絶対に必要なものでもありますので、ネットワークは確実に伸びていくだろう、そういう環境の中で我々の果たす役割が問われていると思います。
先ほど申し上げましたように、私たちのお客様のところで、人々の日常生活の一番身近なネットワークを支えている、店先に行ったらレジの横で動いているとか、地方の事務所で働いている本社との接続ネットワークとか、本当に現場の一番大事なところを支えている。そういうところから日本全体の活力を上げていかなければならないなと考えています。
お客様のDX化を支えるポイントとして、一点目は生産・供給面、二点目は我々の進める提案、三点目は人を通じた事業成長と業界の活性化、それら3点があります。

 

 

まず製品供給のところです。一番苦労したのは一昨年ですが、コロナ蔓延、部品の調達、コンテナ運輸、そこで非常に苦労して、お客様にも一部ご迷惑をお掛けしたところです。そういったことから、調達活動も直接半導体ベンダーと交渉して長期大量購入するなど、かなり思い切ったことをやっています。そして工場の二重化です。主力モデルのひとつRTX830というVPNルーターの生産では工場の二重化を実現して、複数の工場で同一製品を作るという取り組みを進めました。複数の国の工場の生産でリダンダントな構成をつくっています。
製品機能面でも取り組みを進めました。VPNルーターでは多対地接続にお使いいただくことが多いのですが、万が一あるモデルが供給できなくない場合でも、他のモデルで対地数をカバーできるオプションライセンスを準備して、リダンダント的な製品提案ができるようにしました。こうした形で、お客様のビジネスにご迷惑をお掛けしないようにということで、生産・供給の改善を進めてきました。ファームウェアについても、従来からヤマハが評価いただいている点でもありますが、発売して次のモデルが出た製品、旧モデルについてもファームウェアを無償でアップデートしています。こうした品質向上の取り組みを継続しています。

–二番目は、提案方法ですか。

瀬尾 そうです。企業の遠隔会議や文教での遠隔授業が必須となっている中で、音響ネットワークも広がっています。Danteという音響ネットワークの規格がありますが、我々はそれに準拠した遠隔会議システムを提供しております。
販売パートナーの皆様には、会議室の用途にネットワークを含めてマイクスピーカーも一緒にご提案するとか、さまざまなシーンを想定して、ネットワークだけではなくその上でお使いいただく製品まで合わせて、お客様にご提案いただけます。提案いただく販売パートナーの方には「これまでネットワークしか扱っていなかったけれども、いつも通っているお客さんの企業さんに向けて、もう1つアプリケーションまで、遠隔会議のシステムを提案してみようか」ということで、販売パートナーの方の事業拡大にもつなげていただけます。実際に需要もありますから受注につながります。
会議システム用の製品では、ビデオバー製品、これはテレビ画面の下に設置いただく、マイクスピーカーとカメラが付いている製品です。遠隔会議の際にはカメラで遠隔地の人が見えて、話している人の顔に自動的にズームして、その音声をクリアに伝えるというような製品です。そういったより多くの価値の提案を、企業・文教のお客様へ拡大していきたいということが2つ目です。

 

 

–三番目の取組みは教育ですか。

瀬尾 3点目のところは、提案いただく方と共に事業が成長していく、人と事業が共に成長していくことを目指しています。ヤマハの製品をお選びいただく方々は主にエンジニアの方々です。そういった方の技術者認定制度を我々はスタートしました。これはネットワーク全般の基礎的な知識を学んでいただけるものでして、ヤマハ製品を扱うためだけの内容ではありません。

 

 

教育機関のカリキュラムでのご採用のほか、販売パートナー様の社内教育や評価制度への組み込みなど、活用いただく場面も広がりを見せています。我々の製品は全国の中堅中小のシステムインテグレーターの方々にお取扱いいただいくことも多いので、そういった方々がご自身のスキルを証明する1つのツールとして使っていただきたい思いがあります。さらには、ネットワークの活用範囲が今は広がっている中で、これまでネットワークを提案していた方々だけではなく、リスキリングだったり、あるいは例えばサーバーエンジニアやアプリケーションエンジニアの方々が、ネットワークのことを学びたいというような需要が高まっていますので、そうした方々の手助けにもなりたいと考えています。
知識の獲得という意味では、我々は通信機器事業を始めたころからメーリングリストを同時に立ち上げて、お客様同士の情報交換や、そこに開発者が入って質問に答えることなどをやっていました。それが非常に好評でして、それが今では、SNSとして「ヤマハネットワークエンジニア会(YNE)」というものに形を変えて運用しています。様々なコンテンツを通じて学びを深めることができます。

 

Wi-Fiの広帯域化に対応していく

–今年のネットワーク部門の主な取り組み、製品発表など、重点施策を教えてください。

瀬尾 ネットワークの広帯域化に我々は注目しています。まず製品・サービスというところでは、中堅・中小規模のネットワークの広帯域化に取り組むことを進めます。

 

 

製品カテゴリとしては、ルーターとスイッチ、無線LANアクセスポイント、UTM、クラウドサービスがあります。

 

 

広帯域化ということで10Gに対応するルーターを発売しました。10Gとはいっても、まだ回線サービスが普及していない部分もありますし、回線価格との兼ね合いもあります。しかしLAN側はマルチギガが進んでいますし、設備投資するのであれば当然今後の帯域増強を視野に入れたものにするべきでしょう。そういったご提案にご活用いただきたいと考えています。それに合わせてWi-Fi 6のアクセスポイント、マルチギガスイッチ、そうした製品を取り揃えています。無線LANアクセスポイントの技術情報の提供、ホワイトペーパーを皆様に公開して、よりご提案しやすい形を整えています。そうして回線事業者様やサービス事業者様とも連携して、中堅・中小企業ネットワークの広帯域化に取り組むというところが製品・サービスです。
もう1つは人の成長のところです。技術者認定制度について、当初はBasicというグレードでスタートしましたが、昨年11月にはStandardという次のステップのグレードをスタートしました。これは実際の現場での提案力を養うレベルです。

 

 

 

顧客の現場を支えるワイヤレスの品質を守る

— 5G、ローカル5Gも含めてWi-Fiが引っ張ってきたプライベートワイヤレスというものが不可欠になってきているというトレンドは間違いないですよね。

瀬尾 ワイヤレスの進展は間違いないですよね。我々が最初のスイッチ製品を世の中にリリースした際、私も実際にスイッチを全国に持って回って紹介しましたが、「Wi-Fiはやらないの?」ということを散々言われていました。今は、我々もアクセスポイントを複数モデル発売して、お客様からのご要望も多いですし、拡大基調は間違いなく、我々も一層力を入れて参ります。
我々は主にコンシューマ向けよりもビジネス用途で製品を展開しております。規格の変化は早いので、お客様の利用するニーズとか、適切なコストや品質、そこのバランスが非常に大事です。技術進化をやみくもに追うだけではなくて、お客様に幅広い提案ができるような、かつ運用・管理するクオリティ、そういった付加価値も付けないと意味がないと我々は思っています。もちろんWi-Fi 6E・7も適切なタイミングでお客様に提供していく考えでいます。

–先ほど「レジの隣に」とおっしゃいましたが、お客さんが日常で使って本当に評価してもらい、効果が出る、その企業が伸びる、そこを重視しているということですね。

瀬尾 クリティカルな現場で、実際にお客様のビジネスにお使いいただいている製品ですので、止めてはいけない、そこが一番大事です。そういった環境で我々の製品を使っていただいているということで、無線接続の安定性を一番大事に我々としてはやっていきたいと考えています。

–ヤマハのミッションは「止めない」ということだと、品質を最重視されていますね。

瀬尾 そうですね。ルーターでも古い製品のログを見せてもらうと、何百日稼働というのが見えたりするわけです。そういうものを見ると、よく頑張っているなと我々も自分の子どものように見たりしています。アクセスポイントも、「無線は見えないから分からない」という声が当初は多く、その声に応える形で無線の見える化というところで、グラフィカルに周囲の電波状況まで見えるような機能を入れました。それに電波の自動調整、Radio Optimization機能を組み込んだり、とにかくWi-Fi環境構築は安心して簡単に、安全な品質の高いネットワークを普及させるといったコンセプト、手軽さと安定性を兼ね備えた製品を追求していきたいと考えています。

 

 

 

— 5G・ローカル5GとWi-Fiは適材適所に選んでいくという意見がだいぶ強くなってきています。今後のWi-Fiビジネスの発展方向についてお願いします。

瀬尾 まさに適材適所かと我々は考えています。ルーターのWAN側インターフェースでは5Gの利用はあるでしょうし、LAN側ではWi-Fiがあります。ローカル5Gは規模感やコスト的なところなどハードルはあります。IoTのところでも、通信規格の採用を現場で考えたときに、Wi-Fiなら誰でも馴染みがありますので、Wi-Fiならすっと導入されることも多く、そういうところも含めてケース・バイ・ケースだと思います。もちろん、5Gは5Gなりの良さがあるので、そこを活用できるアプリケーションでは5G が選ばれるでしょう。

 

Wi-Fiの新たな活用の可能性を

–Wi-Bizはこの2月で創立10周年を迎えました。これを契機に新しい役割を社会的に果たすという方向になっていますが、Wi-Bizについての期待についてお願いします。

瀬尾 我々はエンターテインメントや音響機器などを手掛けている会社です。プロオーディオの分野、ゲーム分野、音響機器を含めて、ネットワークが確実に必要とされている中で、無線LANが簡単・手軽に使える、新しい規格のWi-Fiを活用する場面が増えてくるでしょう。そういうときに「新しいアプリケーションの中で、どのようにWi-Fiを活用できるか」とか、「そのためにはこういう規格で準備があるといい」とか、そういう会話をさせてもらえると有意義な場になるのではないかと、ユースケースの開拓・開発でWi-Fiの最適化を突き詰めていけるとよいと考えています。新しい規格の中でどういう使い方ができるか、私たちからも提案したいし、皆さんと一緒に考えていきたいと考えています。

 


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