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趣味と仕事
「シオマネキ」に魅せられて

(一社)日本インターネットプロバイダー協会
副会長兼専務理事 立石 聡明

 

みなさん、「シオマネキ」というカニをご存じでしょうか?名前ぐらいは聞いたことがあるのではないかと思いますが、百聞は一見に如かず。下の写真がそのシオマネキ(オス)です。今では絶滅危惧種になっているため、どこででも見かけることは不可能ですが、かつて西日本には多く生息し、素揚げなどにして食べていたという地域もあります。徳島もその一つですが……。

しかし、高度経済成長期以降、日本中の海岸が護岸工事によりコンクリートで固められたため日本中から干潟が消えていきました。かつて東京湾は干潟だらけだったはずなのですが、今や三番瀬や谷津など数カ所のみになりました(東京湾にシオマネキはいなかったようですが)。

そして生息地を失ったシオマネキは、今や限られた地域でしか見かけなくなっています。このシオマネキ、他のカニと違って「干潟」でしか生息できませんが、徳島の吉野川河口付近には、貴重な干潟が広大に広がっているため、このシオマネキがまだ数多く生息しています。

そもそも「干潟」をご存じない方が増えてきているので少し説明しますと、河口付近にできる砂地で、潮の干満によって水没したり砂浜になったりする浅瀬エリアのことを干潟と言います。日本の多くの河川の河口には、大なり小なりあったようですが、今では砂防ダムや護岸工事、あるいは消波堤などで、その殆どが消失しています(そのメカニズムもほぼ解明されています)。

世界遺産になっているフランスのモンサンミッシェルは、まさにこの干潟エリアにあり、道路で繋がってはいなかったのですが、周辺の河川工事を行ったところ、干潟に土砂が堆積し大型バスが通れる程になってしまいました。そこで川を元の形に戻す工事を行った結果、昔の地形に戻ってきています(周辺の地形であって、モンサンミッシェル自体は変わっていませんので、念のため)。

このシオマネキ、ごらんになってわかるように片方の爪だけが巨大化し自分の甲羅ほどの大きさにまでなります。この大きなハサミで獲物を捕る、と思われがちですが、シオマネキは砂地の泥の有機物を漉し取って食べるため、このハサミは給餌には関係ありません。使うのはオス同士の縄張り争いか、メスを誘うための道具なのです。メスを誘う際、このハサミを大きく振るのですが、その動きが波を呼び寄せるように見えるので「潮招き=シオマネキ」という名前になったようです。この動作は、他のシオマネキ属のハクセンシオマネキ(吉野川河口域にも生息)にも見られるのですが、ハサミの振り方は微妙に異なります。また、シオマネキ属以外にもチゴガニなど、ハサミを振ってメスを誘うダンスを行うカニは他にもいます。毎年5月の連休頃から8月いっぱいぐらいの間、吉野川河口の干潟では小さなカニたちのいろいろなダンスを見ることが出来るのです。このカニたちのダンスですが、基本的にはメスを誘うための動作なので、踊るのはオスだけで、メスはこのような動作はしません。(カニの種によっては踊るものもいるかもしれませんが)。

8月に入ると、この干潟ではさらに小さなカニたちが現れます。本当に米粒、いやゴマ粒ほどの大きさのカニのアカちゃんが現れ始めます。右の写真がそのアオガニです。

※余りに小さいため少し写真がぼけてます。

われわれは「アオガニ」と呼んでおり、コバルトブルーの身体に黄色い目(眼柄)がなんとも愛らしい子ガニです。しかしびっくりするほど小さいので見つけるのは大変。一度見つければ、次々と見つかるのですが……。

実はこのアオガニ、シオマネキの赤ちゃんです。もう成体と同じ身体の構造なのでアカちゃんと言っていいかはわかりませんが(ゾエアとかメガロパを赤ちゃんと言うべきかもしれません)

このアオガニたちが、干潟で成長し、やがて大きなシオマネキになっていくのですが、他の野生生物同様、そう簡単に大きくはなりません。他のカニや魚の餌となってしまい、成熟して次の世代が残せるようになる個体は、恐らく何万分の一でしょう。

下の写真を見て下さい。どれくらい成長するのかがわかると思います。

同じシオマネキだとは思えないぐらい大きさに差があります。右下のアオガニもある程度大きくなっており、既にコメ粒よりは大きいのですが、それでもこの差です。

吉野川の干潟には、このシオマネキとその仲間のハクセンシオマネキの他に、カニでは、チゴガニ、オサガニ、ヤマトオサガニ、前に歩くコメツキガニ、食べておいしいモクズガニやワタリガニ、その他アシハラガニ、ハマガニ、ケフサイソガニ、ベンケイガニ、アカテガニ、またお腹の赤い斑点が目印の絶滅危惧種、アリアケモドキなど数多くのカニが生息しています。もちろんカニだけではなく水が大嫌いな魚のトビハゼなどハゼの仲間(ハゼは種類が多すぎて専門家でも同定が難しい)、エイ、ボラ、スズキなど汽水域を好む魚。そのほかマゴコロガイやカワザンショウ等の、やはり絶滅危惧種を含めた多数の貝の仲間、エビ、ゴカイなど海の無脊椎動物などの生物。昆虫ではルイスハンミョウというこれも絶滅危惧種の昆虫など数え切れないぐらいの生き物が生息しています。他にも非常に面白い生態の生き物がいるのですが、又の何かの機会があれば紹介したいと思います。

これらの多くは干潟に生えるアシ・ヨシを隠れ家にしており、この植物が生育していなければ産卵や孵化、成長もできないのです。そしてこの生命の「揺り籠」があるからこそ、多くの渡り鳥が北はアラスカ、カムチャッカから、南はニュージーランド・オーストラリア、遠くは南極まで飛ぶ渡り鳥が羽根を休め栄養補給をするために立ち寄る貴重な湿原(干潟)となっています。

しかし、この干潟も様々な理由から少しずつ面積が減少しています。20年ほど前からこの干潟で行う観察会のお手伝いをさせて頂いていますが、彼らの生息環境が確実に悪化していることは確かです。シオマネキの数も20年前に比べるとずいぶん減少しました。

上の写真は吉野川河口干潟の写真です。白い橋は阿波しらさぎ大橋と行って最近出来たものです。そして更にその先の最河口部には、次の橋の橋脚が作られ始めています。10年前には80数万人いた徳島県の人口が、今や73万人にまで減少し、その傾向は止まりそうにありません。もちろん交通量も減っているのですが…なのにまだ橋が必要なんでしょうかねぇ~。一応、自然環境には最大限考慮しているらしいのですが。

とはいえ、大潮の干潮時にはこれだけ広大な干潟が現れてきます。しかし、シオマネキが生息できるエリアはこの写真には写っていません。このエリアにはアナジャコやテッポウエビといったエビの仲間、シジミやアサリといった貝が生息し遠浅の海にはエイやキスそしてカレイの子供などが泳いでいる様子が見られます。

下の写真は、前の写真とは逆方向に河口付近から撮影したもので手前の橋が先ほどの阿波しらさぎ大橋です。この干潟の大きさをわかって頂けると思います。この橋の向こう側にあるほんの少しの蘆ノ原にシオマネキは生息しています。

みなさん、突然ですが「ラムサール条約」という条約をご存じでしょうか。正式名称は「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」なのですが、水鳥だけではなく、そこに住む生物と人間の、昔ながらの暮らしを守ることを目的としているのがラムサール条約(湿地)です。この干潟をその湿地として認定してもらう為の活動を始めました。四国にはまだ一ヶ所も登録湿地がないということも一つの理由ですが、この干潟の「良さ」を知ってもらうためにも、また地域の生活を維持するためにも必要では無いか、ということで地元の人々と活動を始めました。

徳島の吉野川河口域では昔から海苔の養殖が盛んで、いい海苔がたくさん取れていたのですが、河川環境の悪化、異常気象などから近年収穫量が少なくなってきています。これは海苔に限らず沿岸で取れる他の魚などにおいても顕著で、河口から10キロほど南のエリアでは豊富に取れていた「ちりめんじゃこ」がそれまでの3分の1ほど漁獲高になって10年以上が経過しています。その他ウナギの稚魚や「のれそれ」というアナゴの稚魚も激減し、アナゴの成魚自体もまともな大きさの個体は殆ど取れなくなりました。

今年は新型コロナウイルスの影響で何十年ぶりに、春から夏をずっと徳島で過ごしました。今年の夏は特に暑く、この涼しそうな吉野川河口でも連日37~39度もの気温になり、シオマネキがダンスをしなくなるほどの暑さでした。SDG’sなどと言うまでも無く、持続可能な行動を取らなければなりませんが、この河口に立って周りを見回してもその答えは落ちておらず、日々焦燥感が募るだけです。その回答となるかは、わかりませんがラムサール条約登録湿地となれば、世界的にも関心が集まり、何かのきっかけになるのでは無いかと考えています。

この様な状況でも少しは明るい兆しもあり、地元の子供たちだけでなく、近畿圏からわざわざ徳島までやってきて干潟で遊んで帰る子供や掃除を手伝って下さる方まで増え始めています。25年継続している観察会には、カニや底生生物の権威と言われる先生方もおいで下さり、普通では聞けないような話を、遊びに来た子供たちにわかりやすく説明してくれています。

みなさんも、身近な自然の変化に気をつけてみてはいかがでしょうか?そして、このコロナ禍と関係なく自然の中で楽しむ方法を考えてみてはいかがでしょうか?

もちろん、徳島まで来て頂ければこの干潟だけでなく、今回紹介できなかったような自然や食べ物も案内致しますので、機会があればお声がけ下さい。

最後に、この稿を読まれて関心をお持ちになりましたら是非下記のリンクをご覧下さい。手弁当でやっているために、なかなか更新等出来ませんが、吉野川河口域の情報発信をしております (カニやその他の生き物の画像や映像もアップしております)。

https://www.shiomaneki.net/


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