目次ページへ

技術情報

位置情報の取得方法とその活用①
Wi-Fiによる位置情報取得の仕組み

北條 博史

スマートフォンのマップアプリで、自分の位置情報を取得して表示するというのはもはや当たり前になっていて、このマップアプリのおかげで初めての場所でも住所やランドマークなどがわかっていれば簡単に目的地に到達できるようになりました。

スマートフォンの位置情報の取得は基本的にGPS(Global Positioning System)によるものですが、さらに精度を上げるために、スマートフォンが取得する携帯基地局の情報やWi-Fiのアクセスポイントの情報をもとにより精度を向上する取り組みがなされています。

今回は、Android端末やiPhone端末において、Wi-Fi情報でどのように精度を向上させているのかについて、想定される動作について説明します。

GPSの動作と課題

スマートフォンのGPSは基本的に3点測位の原理で位置を計算します。まず、地球上にはこのGPSに多数の衛星が周回していて、各衛星は地上に向けて自身の位置と発信時刻を電波に載せて継続的に発信しています。地上の端末は、この衛星からの電波を受信し、送信時刻と受信時刻の差分をとることにより衛星と端末間の距離を計算します。

3点測位をするためには、場所の分かった3つの点からの距離が必要なので、少なくとも3つ以上の衛星からの送信データが取得できれば、各衛星の位置と端末までの距離がわかり、端末の位置が一意に特定できることになります。

しかし、ここでいくつかの潜在的な問題が発生し、そのままでは位置情報がうまく取得できません(ここでは補正が可能な3つ例を出しましたが実際には様々な原因により誤差が生まれます)。

①現在時刻の不正確によるずれ
衛星との距離を計算するには、時刻の差分を知る必要がありますが、その精度は、光速度から計算すると例えば1マイクロ秒が約300mに相当するので、10m程度の精度が必要だとすると時計の精度は0.03マイクロ秒が必要になります。衛星側には原子時計が搭載されているので精度の問題はありませんが、スマートフォン側の時計ではこの精度を実現できません。

②衛星自身の位置情報の取得にかかる時間
実は、衛星から発信される衛星自身の位置情報(軌道情報)は30秒間隔であり、実際の処理を加えると位置を取得するまで通常分単位の処理時間がかかります。マップアプリのようにすぐに位置情報が欲しいというような使い方には合いません。

③受信できる衛星の数が4未満あるいは多重反射による誤差拡大
屋内、地下街、ビルが林立しているような場所では、受信できる衛星の数が必要数に満たないことがあります。また、受信できたとしても、ビル街などで多重反射してから受信されるような場合は、誤った距離と解釈してしまい、正確な位置を計算することができません。マップアプリなどで急に現在位置が別の場所に跳んでしまう場合などがそれにあたります。

位置情報の精度を上げる工夫

スマートフォンにおける位置情報の課題は以下のような形で解決しています。

①正確な現在時刻の導出
4つ目の衛星からの信号を受信し、3点からの距離と端末の時刻の4つを変数にした4元の連立方程式で現在時刻及び3つの衛星との距離を計算します。正確な時計を持たないスマートフォンの場合はこの方法で時刻を合わせることができますが、その代わり、少なくとも4つの衛星からの信号の受信が必要になります(図1)。

②衛星自身の位置情報の取得
スマートフォンは携帯回線経由のデータ通信が可能なので、衛星の位置情報は衛星からではなく携帯のデータ回線経由で取得します。これはAssisted GPS(A-GPS)と呼ばれ、これにより30秒待たずに衛星の位置情報を取得し、現在地をすぐに表示することができるようになります(図2)。

③携帯基地局及びWi-Fi基地局の情報から現在地を計算
GPSからの情報(衛星の数)が不足している場合は当然、現在地を正確には表示できません。そこで、周辺の携帯またはWi-Fiの基地局の位置情報及び基地局からの信号強度から位置の推定を行います。これにより、位置情報の精度向上が行えます。携帯回線はいつもつながっているので常にチェックしていますが、Wi-Fiは端末の電源が切れていたりするとこの機能は使えません。たまにマップアプリを立ち上げた時など、「Wi-FiをONにすると精度が向上します」というメッセージが出るのはそのためです。

さて、Wi-FiをONにするとなぜ位置情報の精度が上がるのか以下に説明します。

Wi-Fiで位置情報の精度を向上する方法

Wi-Fi基地局の位置情報と基地局からの報知信号(ビーコン)の電波強度がわかると、基地局からの距離がおおよそわかるので、不足しているGPSの位置情報の精度を向上することができます。これは必ずしもWi-Fiに接続していなくてもWi-FiをONにして入れば取得できる情報です。

それでは、Wi-Fi基地局の位置情報をグーグルやアップルはどのように取得しているのでしょうか(Wi-Fi基地局の位置情報は必ずしもオープンな情報ではありません)。

実はここが最大の味噌になります。この仕組みを使えば、時間が経てば経つほど情報が豊富になり精度が向上していくことになります。やり方は以下の通りと推定されます。

スマートフォンは最初にインストールしたときに端末の情報をサーバに送信することについて、同意を求められています。さらに場合によってはマップのアプリを立ち上げた時に、端末の位置情報を送信することについて同意を求められます。この時、実は端末はGPSで取得した位置情報とともに、携帯とWi-Fiの基地局情報(基地局IDと電波強度)を合わせてサーバに送付しているのです。

サーバでは多くの端末から受信した基地局情報と端末の位置情報から、基地局の位置情報を推定します。端末からはどんどん情報が上がってきますので、時間が経過すればするほど基地局の位置精度も向上します。そして、その周辺でGPSがうまく受信できない場所やたまたま受信できないタイミングにおいて、逆に、Wi-Fi基地局の情報(基地局IDと電波強度)と、これまで推定してきたWi-Fi基地局の位置情報から、最終的に端末の現在地が推定できるということになります(図3)。

以上の通り、端末自身で受信したWi-Fi基地局の情報(基地局IDと電波強度)をサーバに送ることにより、位置情報の精度を向上させることができます。

最後に、この仕組みによって発生した問題について最後に記します(今は改善されているので同様の問題は発生していませんので誤解のないように)。

外出中なのに自宅の位置が表示されてしまう問題

これは当初、私も経験した不具合(誤動作)です。不具合の原因はモバイルワイヤレスルータです。モバイルワイヤレスルータは、Wi-Fiのアクセスポイントを内蔵し、LTEなどをバックホールとして通信する装置です。スマートフォンから利用する場合は、まずスマートフォンはWi-Fiでワイヤレスルータに接続し、LTEに載せ替えられてネットワークと接続します。持ち運んで使うため、位置は固定されていません。

その頃の私は、ワイヤレスルータを自宅で使うことが多かったため、私の端末からは、常に自宅の位置情報とセットでワイヤレスルータのアクセスポイント情報がサーバに上げられていたと思います。それが影響したものと思いますが、ある時、GPSを受信できない地下街(自宅とは離れた場所)で、ワイヤレスルータ経由でアクセスして位置情報を確認したところ、何と自宅の周辺にいるという検索結果が出てきたのです。

少しするとそのような事象は発生しなくなりましたが、おそらく、基地局がワイヤレスルータであることを検出したらその情報は使わないように変更したものと思われます。

ストーカーに転居先を知られてしまった事例

これはその当時のニュースで見たものです。ある女性がのちにストーカーとなる彼氏と付き合っていました。彼女の家には固定のWi-Fiルータがあり、彼も自宅に行ったときは利用していましたが、実はそのWi-FiルータのIDを彼は記録していました。

その後、別れ話となり、彼女は転居して彼の前から姿を消しました。彼氏は転居先を探そうとしましたが当然わかりません。一方、彼女は何も考えずにWi-Fiルータをそのまま転居先でも使っていて、しばらく時間が経過しました。

そうです想像の通りです。彼女をあきらめきれなかった彼は、端末と位置情報サーバとのやり取りを解析し、それを模擬して、以前記録しておいた彼女のWi-FiルータのIDを、あたかも今取得した周辺のWi-Fiの電波情報として疑似的に位置情報サーバに送り、サーバからの応答(端末の位置情報)を取得したのです。そのIDを持つWi-Fiルータは現在の彼女の住所(転居先)にあることがサーバには記録されていたので、彼女の自宅住所周辺の情報がサーバから返送され、彼氏はまんまと彼女の転居先を知ることができたのです。

とても恐ろしいことですが、これもその後は、おそらくはプライベートWi-Fiと想定されるものについては除外するようになったものと思われます。

まとめ

スマートフォンにおいて位置情報を検出する仕組みを紹介しました。当初はいろいろと課題はありましたが、今はとても便利なツールとなりました。一方で、便利さと危険性は背中合わせなので、今後も注意深くデータを取り扱っていかないといけないと思います。

最近ではグーグルマップで、任意の場所の写真が自由に見られることになりましたので、知りたい住所がわかれば、訪問しなくてもその場所がどのようなものかがわかります。喫茶店やレストランであれば事前にどんな店かがわかるという点で便利ですが、ひとたび個人ということになると、どんな家に住んでいるのかとか、駅からの道に暗いところはあるのか、など犯罪に利用されることが考えられます。

Wi-Fiによる位置情報もそのアクセスポイントの近くにいるということがわかると、かなり小さな範囲に位置が限定されるので、位置情報のプライバシーの問題は常にその重要性を認識し、取り扱いが問題とならないように配慮して使っていくことが、位置情報の健全な利用拡大に不可欠なものと考えます。


目次ページへ

■Wi-Biz通信(メールマガジン)の登録はこちら