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技術情報
無線の未来を変える新技術「OAM」、テラビット通信も可能か

無線LANビジネス推進連絡会会長 北條博史

昨今、VR/ARや4K/8Kなどの高精細映像の利用拡大により、無線通信に対する高速化ニーズは絶えることがありません。無線通信を高速化する技術は、①変調方式の高度化、②無線伝送帯域幅の増加、③空間多重の多重数の増加の3つの方法があります。

例えば、5GHz帯について、当初規格のIEEE802.11aに対して、最新規格の802.11acでは、表1の通りの①~③の対応により、当初(11a)では54Mbpsが最大だったのが、11acでは6.9Gbpsにまでなりました。また、60GHz帯の802.11adでは、②の対応により8.1Gbpsを実現しています。

 

さらなる高速化を目指す場合、①では、5GHz帯の次期規格802.11axで1024QAMまで拡張される予定ですが、それでも通信速度は3割程度増えるだけで変調方式による高速化には限界があります。

また②帯域幅の拡大自体も、割当帯域が一定であることを考えると、伝送帯域幅を拡大しても1人で複数人分を占有することを意味し、結局システム全体の容量が増えているわけではありません。

③については、これまでMIMO技術で多重化を実現してきましたが、MIMOの場合、ストリームの数だけアンテナが必要になり多重数の増加とともに信号処理量も飛躍的に増加するため、現状、実際の市場商品では4多重までが実装の限界になっています。

今回ご紹介するのは、③の多重化を新たに可能にする技術であり、「OAM(Orbital Angular Momentum:軌道角運動量)多重伝送方式」と呼ばれるものです。

OAMとは何か

OAM(軌道角運動量)とは、本来は量子力学においては光子や電子などの状態を表す物理量です。
ここで、電磁波(光も電磁波の一つ)は光子の多数集合体と捉えられ、各光子の軌道角運動量を揃えることにより、分離・多重できる複数のモードを生成することができるようになります。

 

このモードは「OAMモード」と呼ばれ、通常の電波の進行方向の垂直平面上では位相がすべて同相である電波「モード0」に加えて、垂直平面上で位相分布が回転するように伝搬する電波「モード±1、モード±2...」として定義されます(図1)。

この位相の回転は波長の整数倍で1回転する性質を持つので、例えば、1波長毎に位相が1周するものを「OAMモード1」、2波長毎に位相が1周するものを「OAMモード2」、これを逆に廻るのを各々「OAMモード-1」、「OAMモード-2」と呼びます。

この位相回転によるOAMモードを利用した多重伝送方式を「OAM多重方式」と呼んでいます。OAM多重方式は、光通信分野において発展してきた多重伝送技術ですが、昨今、無線通信分野でも注目され始めてきました。

OAMモードの生成方法

次にOAMモードを生成する方法ですが、ここでは「Spiral Phase Plate(SPP:螺旋位相板)」を用いる例を示しています(図2)。
SPPは通過した電波に対して、同一平面上においてある点を中心に方向ごとにその電波の位相分布を変える(揃える)ことができます。
例えば誘電体レンズをある点を中心方向毎に厚さを変えるとこれが可能となります。このSPPに対して、通常の平面電波を通すと所望のOAMモードの電波が生成されます。
また、このSPPの位相回転周期を変えることで所望のOAMモードを生成することが可能になります。

 

OAMモードを受信する場合はこの逆になるので、逆回転するSPPを利用することで位相は同相に戻り、通常の電波として受信することができます。この場合、送信側と同一の回転数で逆回転させたモードのみ垂直平面上で位相が揃う(モード0になる)ため受信が可能で、他のモードは垂直平面上でみると位相が打ち消しあうために受信できず、結果として分離が可能になります。

この性質を利用して、送信側から異なるOAMモードを持つ複数の電波を同時放射し、受信側で各OAMモードの電波を受信できるものを用意すれば、互いに干渉することなく複数のOAMモードの電波を分離して受信(多重通信)することが可能になります。

OAMモードは無限に存在するのでMIMOと同様に原理的には空間多重数を無限に増加できることになりますが、実際には、原理上OAMモードが高次になればなるほどより大きな平面で受信する必要(より大きなSPP/アンテナが必要)になるなど、現実的には限界があります。それでも、今までのMIMOに加えてOAMが加わると、トータルの空間多重数は各々の空間多重数の乗算となるため、現実的なデバイス性能を加味しても飛躍的に空間多重数を増加できます。

テラビット無線通信も可能に

OAMを無線伝送の空間多重伝送に利用する概念は、20世紀初頭からあり、1980年代頃からVHF・UHF帯でその実装技術が検討されてきました。ミリ波帯での適用は2010年以降から始まり、2014年には、アメリカの南カルフォニア大学により、28GHz帯で32Gbpsが実現されています。最新のOAM技術としては、2018年5月にNTT研究所がMIMOとOAMの両方の空間多重技術を駆使し、28GHz帯(伝送帯域幅2GHz)を用いて、伝送速度100Gbs以上を達成したという報道発表(*2)があるなど最近注目されている技術です。

この技術を利用すれば、今後1Tbps(テラビット)無線通信も夢物語ではありません。無線高速化は、まだまだ可能性を秘めているようです。

*1:本文中の図面(図1、図2)はWikipediaから引用
https://en.wikipedia.org/wiki/Orbital_angular_momentum_of_light

*2: NTT研究所の報道発表
MIMOとOAMの両方の空間多重技術を駆使し、28GHz帯(伝送帯域幅2GHz)を用いて、伝送速度100Gbs以上を達成した(表2)。

 

http://www.ntt.co.jp/news2018/1805/180515a.html
https://www.youtube.com/watch?v=O4TtbnpHKdA


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